『リズと青い鳥』の2プラス2

 お久しぶりです。みぞれの髪が好きです。


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 『リズと青い鳥』がとても良かったので、これから観る人、もう一度観る人のために2年生組のキャラクターと関係をまとめてみました。映画は原作小説と比べて希美とみぞれ2人の関係に注力した内容となっていますが、それでも群像劇であり、2人の一番近くにいる2人、吉川優子と中川夏紀、そして4人の関係まで押さえておくとより理解が深まると思ったからです。多少私見は入りますので気になった方は一次文獻を参照ください。



  • 傘木希美

 まずは希美から。希美は中学時代、吹奏楽部の部長を務めており、人望があって演奏技術も高いです。明るく誰とでも仲良くなれる性格で、中学では鎧塚みぞれを吹奏学部に誘いました。中学最後の年のコンクール結果を悔やみ、みぞれと高校では金賞を獲ろうと誓います。

 しかし高校1年のとき部内で3年の先輩と対立。結果、部を辞めてしまいます。その後は社会人の吹奏楽団で音楽活動を続けていました。

 高校2年になり部の環境が変わったことで吹奏楽部に復帰します。そこでみぞれとのトラブルが生じましたが、現在は落ち着いています。

 みぞれに対する感情は仲がいい友達の1人といったものですが、みぞれの演奏技術に対しては無意識に嫉妬しており、それが言動に出ることも。そういった自らの暗い感情を段々自覚もしてきていますが、それを隠して明るく振舞うことができます。


  • 鎧塚みぞれ

 みぞれは中学時代、希美に誘われて吹奏楽を始めます。孤独だったみぞれにとってそのことは救いとなり、希美の存在は何より大きくなっています。そのため希美が高校で部活をやめた際、自分に何も言わなかったことに対しショックを受けています。希美にとって自分はそんなことを伝える価値のない関係なのかもしれないと捉えたからです。

 『響け~』本編でその気持ちは一応の解決はしますが。みぞれにとっての希美が強く依存するほどに大きな存在であるのに対し、希美にとってのみぞれは友人のOne of themである事実は残っています。

 一度部活を辞めた希美はまたいつか自分から離れてしまうかもしれないと考えており、常に希美と離れることへの恐れがあります。希美に強く依存していますが、一方で徐々に希美以外の周りの人間に対しても心を開いてきています。
 非常に高い演奏技術を持っていますが、それは希美とのつながりを持つものとして懸命に吹奏楽に取り組んできた結果であり、本人にとっては希美が一番で自分のことはあまり意識していません。

  • 吉川優子

 優子は現在、北宇治高校吹奏楽部の部長を務めています。行動力とカリスマはありますが、感情的でしばしば暴走もします。

 希美ともみぞれとも仲がよいですが、みぞれの希美に対する感情に気づいており、みぞれを常に気にかけ、無自覚にみぞれを傷つける希美を強く責めることもあります。

 これは優子もまた大好きな相手にとっての自分がOne of themである悲しみを分かっているからです。卒業した元部長の先輩やみぞれは、優子にとって大切な人ですが、相手からはそこまで大きな想いを向けられていません。優子は希美が部を辞めてからも一緒に吹奏楽を続けていた自分が、みぞれにとって希美のような存在になれないことを悲しんでいます。それ故に希美に厳しい。


  • 中川夏紀

 夏紀は優子を直情的な優子を抑えられる唯一の存在として、高校の吹奏楽部で副部長を務めています。

 4人の中では唯一中学時代に吹奏楽部に属しておらず、中学時代は帰宅部でした。やる気無げな中学時代、吹奏楽部の部長を務めていた希美は憧れの存在であり、それは今も同じです。

 そのため高校では希美の部活復帰に協力するなど、希美に甘い面があり、そのことを自覚もしています(「優子はみぞれに甘いし、うちは希美に甘い」(『波乱の第二楽章』p242))。

 希美とみぞれのそれぞれとは仲良く話しますが、2人の問題には積極的に立ち入らず、希美を責める優子を止めることで4人の間のバランスをとっています。


  • 希美とみぞれ

 希美とみぞれに関しては、「みぞれが好きな希美という人間の一面」に対して希美は無自覚、「希美が羨望するみぞれという人間の一面」に対してみぞれは無自覚という点が基本になっており、映画ではお互いにその本音をぶつけます。ぶつけますが、それでもそのときにも2人は噛み合いません。噛み合わないが、噛み合ってなさは分かったことで2人の前進になります。


  • 優子と夏紀

 優子と夏紀に関しては、希美とみぞれの一番近くにいる優子と夏紀が、近すぎるがために2人の関係にあまり深入りできないことが重要です。それ故に原作小説では後輩の黄前を働かせますが、映画版では別のアプローチが見られました。他人が簡単に手を出せない2人だけの世界ってのが百合度高いですね。

 優子と夏紀は、希美とみぞれの関係に深入りしませんが、完全に割り切っているわけではありません。特に優子はみぞれに寄り添ってめっちゃ立ち入りしたいとぶつかります。優子の爆発力は『響け~』本編の通りで、彼女はああいうことをやりたいんですよ今まさに。でも夏紀がそれじゃうまくいかないとブレーキをかけるんです。というような、優子と夏紀の関係まで押さえておくことで、結果的には何も起こらないけど緊迫した4人のやり取りも楽しめるようになります。


  • おわりに

 こうしてまとめてみると明らかで、優子先輩が好きなんですよね私。他人のために全力でぶつかって他人のために泣くことができるのは優しい人だなぁと思います。大人になると他人にエネルギーどんどん割かなくなるので余計に。
 優子先輩として鎧塚みぞれ先輩のためにめっちゃ尽くしたいですね。以上、みぞれの髪が好きでした(鎧塚みぞれ先輩の髪描写はため息ものでしたね……)。


ミルキィホームズと探偵服

 久しぶりにTwitterを覗いたらtsucchiさんがなにやら楽しそうな企画を始めていたので書きます。

adventar.org


 先日、高木敦史さんの『のど自慢殺人事件』を読んでいたら、「あれ? これミルキィホームズのことじゃない?」というネタが。

 以下はアイドルと結婚したいという野望を抱く県職員が、村でご当地アイドルをデビューさせ(そのあと結婚す)る計画を立て、村の権力者を説得するシーンです。

「既におらんかったかと聞いているのだ。探偵をモチーフにしたアイドル。たしかアニメの声優で結成されたグループがあったと記憶しているが」
(中略)
「た、たしかに仰るとおりのグループは存在していますが、声優とご当地アイドルではファン層が必ずしも被りません。また、そのグループはアニメ作品ありきであり、いわばメディアミックスの一環です。《探偵》はグループそのものではなく、アニメ作品に付けられたタグです」


 ここで書影です。



 赤はシャーロックホームズ、青は金田一耕助をモチーフにした衣装との記述がありますが、なんというミルキィホームズ感(ただし本の内容はミルキィホームズっぽいやつじゃありません。念のため)。

 ミルキィホームズが探偵アイドルのイメージを決めてしまったのか、探偵をモチーフにアイドルを考えればだいたい似たような感じになってしまうのか、どちらにせよこれから先、探偵をモチーフにしたアイドルが出てきてもミルキィホームズと比較されることは間違いないでしょう。そういえばミルキィホームズもヨコハマのご当地アイドルみたいな扱いなのかしら。

 ミルキィホームズと探偵服と言えば、第1期の最終12話「ミルキィホームズの帰還」を思い出す方が多いのではないでしょうか?

 トイズを失い学園を追い出されたミルキィホームズはそれぞれ生活のため働いています。
 しかしアンリエット生徒会長のピンチを知って再び4人は集まり、怪盗帝国に立ち向かう決意をします。ここで探偵服に着替えるのですね。探偵服はチームミルキィホームズであり、そして探偵である証ということがよく表れたシーンと思います。

 また『劇場版 探偵オペラ ミルキィホームズ〜逆襲のミルキィホームズ〜』では探偵服への変身シーンが出てきます。温泉で身体を休めていたオフのモードから、探偵業のオンにモードチェンジ。その様がセーラームーンプリキュアのような変身シーンとして描かれています。


 ミルキィホームズはことあるたびに「わたしたち探偵ですから」と言いますが、その象徴として探偵服があるのでしょう。

 個人的には、何年か後に探偵モチーフのアイドルがブレイクして、その流れでミルキィホームズにも注目が集まると面白いかなと思っています。ミルキィホームズには『探偵歌劇ミルキィホームズTD』という大アイドル時代ものもありますので、探偵アイドルをお考えのプロデューサー諸氏は参考にしていただければ。



 それでは短いですがこんなところで。まだ人足りてないみたいなのでみなさまミルキィAdvent Calandar参加よろしくー。

今週の黒ロン:『明日ちゃんのセーラー服』

  • はじめに

 9月6日は黒髪ロングの日ですね!
 ……という文化を根付かせるために、このブログでは企画してきました。肝心のブログ活動が停滞しがちですが、個人としては続けられるうちは続けていきますので、ついてこれる方はぜひついてきてください。


  • 黒髪ポニーテールと黒髪ロングのちがい

 黒髪ポニーテールと黒髪ロングのちがいについて考えています。

 髪を結ぶとポニーテールやツインテールと呼ぶのにそれとストレートロングを分けて考えるのはわけが分からないよという意見をたまにいただきます。これにうまい説明はできないものかと考えてきましたが、最近『明日ちゃんのセーラー服』を読んで、黒髪ポニーテールと黒髪ロングのちがいは例えばこういうことなんだよって答えを思いついたので書きます。


  • 『明日ちゃんのセーラー服』とは?

 黒ロンセーラー服女子中学生漫画です。


  • 『明日ちゃんのセーラー服』第2話「パチパチ」から

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「髪をしばると少し緊張がやわらぐ気がする。「やわらぐ」っていうより身が「引き締まる」…かな」」


 連続する動作のイラストで3ページにわたり、明日ちゃんが髪を結び終わるまで(身が引き締まるまで)を描いています。この漫画にはこういう表現がよくあり、明日ちゃんの日常をリアルタイムで追っているかのように感じられます。

 で、なんで明日ちゃんの身が引き締めているかと言うと、これが登校初日だからなんですね。中学受験して初めて通う学校で、新しい環境や仲間とうまくやっていけるか不安で緊張しています。ちなみに明日ちゃんは田舎の少人数学級で育ってきて、自身が心配する通り少し言動が変わっています。

 緊張しすぎて学校に早く着きすぎてしまった明日ちゃんは、同じく早くに登校していた少女と出会います。展開を細かに説明する必要はないので省略しますが、その子も明日ちゃんと同じように投稿初日の緊張で早く学校に来てしまったのでした。いろいろあって彼女と打ち解け、そして自分と同じように不安や緊張、楽しみがあるんだと知った明日ちゃんは、そこで登校時に結んだ髪を解きます。


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  • ストレートロング → ポニーテール → ストレートロング

 このエピソードでは、新しい環境に緊張して臨む女の子が、自然体でそこに適合できるまでを髪型の変化で表現しています。
 たしかにポニーテールはフォーマルなビジネスな形で、黒ストロングはよりプライベートで自然体な形という傾向はあるように思います。

 ビジネススタイルの髪が長い人ってだいたい髪を結んでいます。スポーツ選手が髪を結ぶのは運動のじゃまになるから当然と思っていましたが、スポーツでなくても同じで、髪が流れているとひっかかったり絡まったりするかもしれないリスクがあって、「集中力が散る」ということなんでしょう。プラスしてジンクスと言うか、ちょっとした儀式めいたものも感じます。髪を結ぶという過程を経て外見を変えることで内面の意識を高く持てるという。

 ここまでくれば、髪を結べばすぐにポニーテールやツインテールになるのに、それとストレートロングを分けて考えるのはわけが分からないという方もよく分かってもらえたと思います。お察しの通り、構成する要素が同じなら同じものじゃん?って態度は豆腐と醤油を、牛乳とヨーグルトを同じものにしてしまい、幼女なんて70%水です。

 今ここに改めて宣言しましょう。黒髪ポニーテールと黒髪ストレートロングは別ものだと。

 さて、ポニーテールはビジネススタイルで、ストレートロングはカジュアルな自然体という仮説を得ました。
 が、これは不十分な説明です。個別のケースを考えてみると当てはまらないことも、むしろ逆になることも多いからです。あくまで1要素というか、両者にとって1つの側面でしかないと捉えるべきでしょう。
 黒髪ポニーテールも黒髪ストレートロングも、もっと多様な面があり、つまり多様な魅力があるはずです。それを知るためには考えること。黒髪ロングについて考えること。それが必要なのです。はじめましょう。まずは1年に1度でも。9月6日に。

 ということで今日はここまででした。ちがいが分かってもらえなくても、ちがうものだと(ちがうものだと思っている人がいること)分かってもらえれば幸いです。

今週の黒ロン:『斉木楠雄のΨ難』

 今週の週刊少年ジャンプに掲載された『斉木楠雄のΨ難』「第242回 Ψを見抜け!完璧美少女の試練」 が非常に良い回だった。照橋心美さんメイン回。



 照橋心美さんは外から見れば天使のように完璧な美少女。
 しかしそう見られているのも本人の計算の内で、高いプライドと並々ならぬ努力によって完璧な美少女として演じ振る舞っている、というキャラクターだ。
 そして本作の主人公・斉木は他人の思考を読む超能力者のために、斉木だけは照橋さんの真実を知っている、という構造である。
 だからと言って 、照橋さんの心があまり美しくないからと言って、斉木の彼女に対する評価が落ちることはない。むしろそれだけの熱意と努力を投じることができる照橋さんを、心が読める斉木も尊敬視している。


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 容姿のきれいな人の性格が悪いことを知ってショックを受けた経験は多くの人にあると思うが、照橋さんの場合はそれと異なる。内面が外から見た天使のように完璧な美少女の通りではなくても、そうあろうとするプライドと努力は別の観点からすごいことで、斉木だけでなく一読者としても「外見がいいだけの実は腹黒なキャラクター」として照橋さんを見ることはない。照橋さん自身は完璧な美少女を演じきれば完璧な美少女と同じと考えているようだが、完璧な美少女であろうとする心が完璧な美少女である、というふうに映る。個人的に精神が黒髪ロングであるという表現をまま使うが、照橋心美さんからはそういった印象を受ける。

 以上を踏まえて今週の話は、周りの期待に応えて過度にがんばりすぎてしまう照橋さんと、それを心配してなんだかんだで影ながら見守り続ける斉木という2人の関係。そして照橋さんがその斉木の存在に気づいた後、これまで高いプライドと並々ならぬ努力によって維持してきたことをいとも簡単に「忘れちゃった」と捨て去り、新たな魅力を輝き放つというストーリーがとにかくすばらしい。

 これ以上はただのストーリー説明になってしまうためやめるが、完璧な黒ロン美少女はすごい努力の上に成り立っている上にさらに進化の余地を残しているというお話で、とても良かった。

『月がきれい』を月がきれいになれないという話

 相談事のある人はたいてい的確なアドバイスなんて求めていなくて、ただ話したいだけだから話を聞いてあげるだけで十分という説がある。
 それは一見ひどく無意味な行為のようで、たしかに悩みや不安を口にするだけでいくらか気分が楽になるという経験はあって納得できる。ぼくにとっては「話す」より「書く」がそれに該当するものかと思う。何かをおすすめしたいとか発信したいとかよりは、何かに耐えられなくなったからという理由でこのブログは書かれている。

 そんなわけで今回も耐えられなくなったので書くが、的確なアドバイスなんて求めていなくてただ話したいだけだから、どうか話だけ聞いてもらいたい。


 アニメ『月がきれい』を観ている。


tsukigakirei.jp


 「中学生男女のはじめてのお付き合い」というストーリーのアニメで、その一言で十分すぎるほどに説明できているシンプルなお話だ。つまるところそこに魅力が集約されている。


 キャラクターの中学生っぽさが良い。
 設定年齢が中学生というだけでなく、本当に中学生だったらこういう話し方をして、こういう人間関係があって、こういう小さな悩みがあって、という点がとにかく押さえられていて、本当にキャラクターがみんな中学生している。高校生でも小学生でもない、中学生。

 このへんがしっかりしているから「中学生のはじめてのお付き合い」というストーリーがより力強くなる。

 大きな事件や恋愛ドラマがあるわけでなし、打算や計算もなし、ただ「なんとなく」お付き合いをはじめる2人。こういう純粋な「中学生のはじめてのお付き合い」はやはり中学生でしかできなかったんだなあとしみじみ感じる。

 高校や大学では付き合うという事件がそこそこありふれたものになり、周りの友達の影響もあって、また別の意味が加わって彼氏彼女という付き合いが始まる。大人になってからはもっとちがって、結婚や共同生活という地点をある程度見据えてのパートナー選びになってしまう。

 ぼくらは成長するにつれてこの「中学生のはじめてのお付き合い」から離れていき、別の観点で別の価値を求めてパートナーと生きていく(のを目指す)。それはどちらが優れているという話ではなく、むしろ少なくとも「今は」今目指し求める関係性がベストで、それ以上はない。なのだけれど、『月がきれい』はその今はできないあのときあんなに価値があってあのときしか手に入らなかったものがたしかにあったのだなと、思い出させてくれる。

 それはお察しの通りあまり気分がよいものではなく、だから『月がきれい』は中学生なんてとうの昔に過ぎた年齢の集団で良い酒を飲みつつ時に一時停止し騒ぎながら観たり、自宅に独り暗がりでじっと一気に観たりするといい。ぼくは後者で耐えられなくなったのでこうして書いている。

 自分はわりとフィクションとの距離感はとっているのであまり「こういう経験がしたかったー」と感じることはないのだけれど、だからといってそういう気持ちがないわけではないので、今すごく水野さんとお付き合いしたい(という素直な気持ちを出させるのもまたやだ)。このままだと自分の中学時代が成仏してしまいそうでこわいのでそろそろ『月がきれい』を観るのはやめにした方がいいのかもしれない(観る)。

株式会社を退職します。

 タイトルの通りですが、このたび退職の運びとなりました。

 世間では某社の内定取り消し事件なども騒ぎになっていますし、転職先の採用担当を名乗る人物の詐欺という可能性もまだありますので確実とは言えませんが、たぶんおそらく。

 もう上にも話を通しているので、いつかの誰かよろしく社長に懐柔されるようなことにもなりません。引き留められるほど重要なビジネスパーソンでもありませんし。


 さて世間では大卒内定率が非常に高いようで、就職・転職活動は売り手市場と言われています。そんな中で20代での転職活動となり好条件が揃っていたはずですが、結果的には活動期間は足かけ2年半ほど。3桁の企業と団体を受験して全て採用見送りという状態でした。それも特段キャリアアップを望んでいたわけではなく、むしろ決して高くはない今のお給料から下がるところばかりを受けていての結果です。

 社内では後から転職活動を始めた先輩や後輩が次々去って行き、インターネットの交流範囲で仕事に苦しんでいた方々も続々やめていき、後続の人間のためにも自分が会社をやめる選択肢を示していかなければという目的も達成しすぎました。


 せっかくの退職エントリですので5年前今の会社に入社したところから始めますと、もともとビジネススキル的なものが圧倒的に不足していたことに加え、会社や仕事に合わず、いろいろあって入社した年の夏には始末書を作っていました。そもそも始末書のフォーマットが社内に存在しなかったため、インターネットで調べながら始末書を作成するこれは入社1年目にしてクリエイティブで責任の大きな仕事でした。

 そんなようなレベルの事件がたくさんあり、さすがに社内でも問題視され、3年目に入って人事異動があります。タイミングや異動先を考えると社内でも過去に例がない異動で、端的にあまりにできないので飛ばされました。

 元の部署では100のコストをかけて5の成果物しか作れず、ゴミのように扱われていましたが、異動先では100のコストをかければ20の成果が上げられるようになり、扱いもリサイクルできるゴミあたりまでランクアップしました。

 元の部署では半ばノイローゼ状態で、会社をやめるという発想も思い浮かびませんでしたが、仕事内容が変わって多少余裕もでき、なんとか「そうだ会社をやめよう」という気持ちを持つことができるようになりました。ここまでで2年半かかりました。

 今の部署にいる分にはなんとか半人前もとい3分の1人前としてやっていますが、会社全体の中では特殊な部署なので、ここから異動したり上司が変わったりすればまた悪くなるだろうという読みがあり(実際わりと人の入れ替わりが激しい部署でした)、またこの2年半の間に構築した社内の人間関係もすこぶる悪く、この会社組織からエクソダスしたいという想いもありました。

 あとはそういった諸々を取り除いて考えても単純に会社のことが好きではない。お給料もらう働くのビジネスライクな関係で捉えてもここで何十年も過ごすのは無理だろうという判断も働きました。

 転職活動をはじめて半年。ここまで書いたとおりの状況ですので当然うまくいっていませんでしたが、そんなときアニメ業界を舞台にしたアニメ『SHIROBAKO』に出会います。

 『SHIROBAKO』は自分にとって非常に重要な作品で、そのときから今でもぼくは「『SHIROBAKO』のおかげで会社をやめることができた」と言っています。結局実際にやめるのはそこから2年かかってますが。

 『SHIROBAKO』を観たことは自分の中で大きな転機となりました。
 それまでは既に書いたようなマイナスの要因、とにかく会社を脱出したいという想いが全てでしたが、『SHIROBAKO』でそれぞれの役割を担う仕事人と宮森姉を見ていて、積極的に世の中を良くしていきたいという風に想うようになりました。これは『SHIROBAKO』以降に観た他のいくつもの作品からも感じましたが、やはり「仕事」というストレートなテーマから、『SHIROBAKO』が最も強く、そして最初に届いたメッセージでした。

 またこの頃から『アイカツ』がアイドル活動をアイカツと言うのに倣って、退職活動をタイカツと呼び始めました。アイカツのアイドル活動が実に多様なように、タイカツも退職や転職に留まらず、より広い意味で生きること活きることを意味しています。そこには『SHIROBAKO』で学んだように、後ろ向きな退職活動ではなく、前向きなタイカツという想いが込められていました(※個人の造語です)。
 ちなみにあまりにタイカツが長引いてしまったためにその後、退魔活動をタイカツと言うアニメが出てきてしまいました。

 ここから『SHIROBAKO』が気持ちの上で大きな原動力となり、退職できて良かったねという展開を望んでいましたが、前半部は正しいものの、後半部の活動がうまくいかないどころではなく。春が来てまた春が来てもタイカツしてる人みたいになっていました。みたいではなく事実してました。

 理由はコミュニケーションスキル問題も多分にありますが、振り返るととても受からないようなところまで受けていたことが大きな原因かと考えています。

 自分自身が専門的で汎用できるようなキャリアを積んでおらず、経歴がいまいちだったためにマッチングがうまくいかなかったこと。にも関わらず興味の向く会社や仕事にエントリーしていたことが結果的には無駄な労力となり負担となって悪いサイクルに入っていたのだと、振り返るとそう思います。

 「受けてみるのは無料だから興味の向くところはとりあえず受けてみよう」とは新卒採用やキャリアアップを望むような人ならそれで良かったかもしれませんが、自分のように能力の低い転職活動ではマッチングがうまくいかないところまで受けるのは割に合わない。受けてみるのは確かに無料ですが、面接を受けるためには面接先に指定の時間に赴く必要があり、そのために仕事を無理して切り上げたことが翌日以降に影響して回り回って自分の負担となっていました。

 そんなこんなで2年間はけっこう大変でした。毎週面接を入れて土日はその準備。週末にお祈りメールをいただくという生活が何ヶ月も続き、世の転職活動者はこんな負担を強いられながらSNSに愚痴のひとつもこぼさずにやっているなんてどれだけ強靱な精神を持っているんだと驚くばかりでした。最近になって転職活動の平均期間が3ヶ月と知り、たった3ヶ月黙ってればいいならそれぼくでもできたしやってたわ……と思い直し評価を下げました。

 そんな長きにわたるタイカツもついに終わりを迎えます。今年度には異動が予定されており、もともと今の部署を出たら死ぬと考えていたために、今年度上期がリミットと見ていました(※精神的にはリミットもっと早く来ると思って急いで活動していましたが、既に述べた通り内定は出ず、また仕事も心を殺して働くことでなんとか生き延びていました)。

 さすがに2年半の経験値エントリーシートの書き方や面接での受け答えにも慣れ、先月には某社の1次面接を通過して最終選考を受けることができました。この2年半で1次面接通過は片手で数えられる程度しか経験していませんが、中でもわりと感触が良いところでした。

 と言う折に年度末の上司面談で異動の可能性が高いと示唆され、カウンタースペルとして退職意向を伝えました。ここまでのタイカツ状況とその時点で内定ゼロということを考慮すると、自分にしては相当思い切った行動だったと思います。

 そこからは年度の切り替わりで仕事が忙しく、面接を受ける時間が取れず、最終選考結果待ちしかできない状態でした。ところが2週間経過後も結果連絡がなく、いよいよ無職生活も視野に入れていたところでたまたま土日選考で面接1回のポジションを見つけ、そこを受けてなんか内定もらいました。その後、結果待ちしてた会社からお祈りメールをいただきました。


 以上が2年半にわたるタイカツになります。

 せっかくの退職エントリですのでこれからタイカツする方に何かアドバイスができればと考えていましたが、後からタイカツはじめた方々は既に退職・転職してしまい、既にアドバイスするような対象者がいなくなってしまいました。また正直これまで自分が学んだこと身につけたことが正しい自信が全くない(これをこうしたら内定が出たというような成功体験ではないので)ためにアドバイスするような内容もありません。

 それでも何か伝えられることがあるとすれば、『SHIROBAKO』を観なさい宮森姉を見なさいというのと、はじめの方に書いた受かる可能性のないところは受けるなという話は逃げるは恥だが意識低い転職活動には役に立つと思ってます。

 あとは受け続けていれば自分を見てくれる会社ばかりではないということ。自分を見てくれないとりあえずマンパワーがほしいような会社もあって、そういうところが意識低い転職活動ではむしろ狙い目です。自分を見て判断されたら落ちるに決まってるので、自分を見てくれないところを探していました。こればかりは募集要項からは読み取れないので、とにかく受け続けるしかありません。
 今の会社で得た内定も、震災で採用スケジュールが狂って急いでいたために人事が判断をミスしたことが原因と考えているので、まあ続けていればそういうこともあります。


 『探偵オペラ ミルキィホームズ』には「あきらめなければ必ず夢は叶う」という言葉があって、がんばっても探偵になれなかったことを指してあきらめなければ必ず夢は叶うなんて嘘ではないかと言うコーデリアに対し、シャーロックが「それはあきらめたからです!」と返し、「どんなにどんなに落ちぶれたって、自分は自分の目指す自分になれるんです! 自分がなりたい自分になれるんです!」と続けます。

 この「あきらめなければ必ず夢は叶う」を今回経験したと思っています。通常は3ヶ月で終わるようなことをその10倍の期間をかけて続けて、結果的に目標は達成できました。
 ただ、それだけのコストを他に回せばもっと他に大きなことができたはずですし、本当にあきらめずに夢が叶ったことが良かったとは言えないと思っています。それでも夢なんてものはそもそも自分の中の話で、客観的に最良の選択かどうかなんてことは問題ではなく、自分が納得できていればそれでよいものです。そういう意味で今回あきらめなくて夢が叶ったことは良いことだと納得していますし、あきらめないで夢を追い続けるとはそういう意味なのだなとひとつ学びになりました。

 今後については、新しい場所で弊社と同じような失敗を繰り返さないよう学んだり考えたり準備する所存です。それに伴ってあまりこのブログは動かなくなりそうですが、その点はご了承ください。


 タイカツ、完了です。いつも心の支えとなってくれたインターネット、ありがとうございました。またどこかで。

『禁じられたジュリエット』 ミステリの存在する意義

 古野まほろ『禁じられたジュリエット』読んだ。古野さんの長い警察(体制側)キャリアと本格ミステリへの強い拘り、そしてガジェットに対するフェチズムがなければとても書けなかっただろう大作。どすげえ。Kindleストアで今安い。


禁じられたジュリエット

禁じられたジュリエット

 『本格ミステリとは何か?』というテーマを、真正面から採り上げてみてはどうだろうか? というか、それができるのはあるいはすべきなのは、このメモリアルイヤーを措いて他にないのではないか?
――そんな思いつきから、そして、ほんとうにちょっとした使命感から、『禁じられたジュリエット』はできました。
 本格ミステリの意味をとらえるためには。
 本格ミステリのない世界を考えればいい。
 そんな世界では、いったい何が起こるのか。あるいは何も起こらないのか。人間と社会にとって、そして『あなたと私』にとって、本格ミステリとは何なのか? それを、本格ミステリそのもので表現してしまおう。評論でも哲学でもなく、小説のかたちで、書き手がやってしまおう――
『禁じられたジュリエット』古野まほろ|講談社ノベルス|講談社BOOK倶楽部


 「ある罪」を犯してしまった女子高生6人が更正プログラムという名目で反省室に収監され、囚人となる。教師の指示により看守にはその同級生2人が指名される。
 始めこそプログラムを早く切り上げられるよう協力し合うよう決めた8人だが、それまで友達同士であった彼女らを、立場は状況は狂わせていく。

 6人の性格・特徴からそれぞれに合ったアプローチを取って「転向」を強いる看守の手腕は、女性同士のぎすぎすした関係を超えて惨く、悲しい。

 6人の犯した罪は、現政権下で退廃文学として禁書となっている「ミステリ小説」を読んだこと。

 看守の拷問に耐える囚人たちには、正義とは? 体制とは? と言った問いかけが幾度もされるが、それと同じように「ミステリ小説」とは? 「本格ミステリ」とは? という問いかけも同じレベルにある。

 それは本格ミステリ定義論などではなく、もっと本質的な、本格ミステリの存在する意味を問うものである。アクチュアルな価値がない、現政権下では害悪でしかなくなった本格ミステリはなぜ必要なのか。

 責め苦に耐えながらその解答を模索するが、そう簡単ではない。本作は娯楽のある意味は心の栄養といったレベルのふわっとした答えではなく、もっともっとミステリとは? 本格ミステリとは? を突き詰めていく。

 そしてついに本格ミステリに対する解答に辿り着いた彼女らの前に事件は起きる。
 そう、ここまでは拷問と本格ミステリ論考だけで作品自体はミステリではなかった。それが事件が発生したことで作品自体がミステリと化す。そしてそれは先ほど出した本作ミステリの解答に対して実証編となる。

 本格ミステリに対する解答を出した本作が、それ自体が本格ミステリとしてそれを実証する。それが読者にはメタフィクション的に届く。


 おそらくこの結論だけを作品から取り出して「これが本格ミステリの存在意義です」と言うには、本格ミステリもその意義も広すぎる。ただ、この作品の中で至った解答として流れも踏まえて非常に美しい。

 これは本格ミステリを例にした一つの具体的な解答であり、いろいろな娯楽の存在意義について突き詰めて考えていくと、「心の栄養」だけでなくもっと具体的でアクチュアルな解答が見つかるのだろう。それは人それぞれに異なるものだろうし、そんなものを見つけなくても生きていけるはずだ。それでも、自分なりのそれを見つけたい。そう思った。