『ぬらりひょんの孫』 「羽衣狐」の魅力を科学する(着替え編)

えーと、うちが一番上に出てくるから分かるんですが・・・みんな羽衣狐さまで検索かけすぎw(延べなら少なくとも3桁はきてる)

そんな大人気の羽衣狐さまの魅力に迫るこの企画。『ぬらりひょんの孫』は作品自体あまり話題にのぼらないだけに需要あるのが分かると嬉しいなぁ。・・・まあ、需要あるのは羽衣狐さまで、この記事じゃないんだけどね。



恥ずかしながら私、先週まではまだ、ひょっとしたら偶然かもしれないと考えていたのです。羽衣狐さまの魅力を。

ほんの少ししか登場していないから、たまたますばらしく見えるのかもしれない、と。いくらなんでも新人がこれほどの黒髪ロングを描けるわけがない、と。

愚かでした。椎橋先生の実力は本物です。開始2ページでそれを痛感。





起きてから着替えるまでの2ページ。この2ページ、ジャンプという雑誌の中でかなり浮いている。

それは音がないからだ。音がない。セリフがない、だけでなく擬音もない。

比較のため一例を示します。


上は今号の『ワンピース』より。


1番目のコマ。能力を表すオーラや擬音により動きのない一コマの中に時間が現れる。
2番目のコマ。音はないが、前後のコマをつなぐ流れの一コマ。読者は読み飛ばすことができる。
3番目のコマ。擬音により倒れる動きを示すとともにセリフにより周りの動きを示す。



このようにページ数が少ない制約の中で購買層を考えるとなるべく展開を動かしたい少年漫画では、時間・動きを示すための「音」が多用されます。基本的に少年漫画における「音」のないコマは先の2番目のコマのように前後の流れから読者の読むスピードが作られている中でしか使われません。読み飛ばすことのできるコマです。バトルシーンと着替えシーンを比べる無理はありますが、「音」のないコマがこれえだけ続くのは異常です。

加えて動きを示す表現(衝撃を表す波など)もほとんど排されているため、コマの中に動きがない。
しかし止まった風景が映し出されているわけではなく、確かにそこに人物は存在しコマ間で行動している。

と、なるとこのコマを読者はどう読むのか?

例で説明したよう漫画を読むスピードは文字で表された音によって無意識に調整されているのですが、ではこの音のない上2ページを読者はどう読むか?2通りあります。


まずは2ページすべてを流れのコマとして読む(=読み飛ばす)読み方。
上でふれた読み方の応用で、漫画の文字だけ拾って速く読む人はよくやります。


もう一つは現実的な時間の流れから想像して読むスピードを決める読み方。
この2ページで説明すれば、着替えにかかるであろう時間を意識し、その時間の流れで読むやり方。
独特の空気を肌に感じることができるため、ぜひこちらで読んでもらいたいところ。


なんかもうジャンプはこれだけでいいんじゃないかと思った2ページでした。大満足。



そして続くこの一コマ。



やや深読みかもしれませんが後ろ髪が狐の尾を思わせる広がり方をして恐怖も感じます。

が、ありていに言ってえろいよね?

先週でとらぶるが終わりジャンプのえろすもほどほどになるかと思いきやこれだよ(←うれしい)。


しかしこのエロスとは何だろうか?黒髪ロング+黒セーラー+黒タイツが最強装備の一つであることは言うまでもないがそれだけでは美しさしか生まれないはずだ。脚フェチなのか?足フェチなのか?


ここでも例をあげて比較。


これは河下水希『あねどきっ』の一コマ。
いわゆるパンチラシーンで露出はないとはいえエロを意識して描かれている。しかし私はこれをさほどえろいとは感じない(もちろんまったく感じないわけではないが)。それはギャグ表現の色が強いとかいうこともあるが、「見せている」ように感じてしまうからだ。例えばこれは主人公に見られている一コマ。こうあからさまであると、私はどうしても作り物の臭いを感じてしまう。そもそもサービスシーンとは作者が読者に見せている、そういう意識で作るものだ。そこに人の手が介されていることを思うとどうも一歩引いてしまう。

全ての漫画は作り物で全てのコマは人の手しか介されていない。そんなことは分かっている。しかし、騙されたい。

見せられているものよりも見てしまうものを望むのは背徳感が生まれるからか?

はては女性の着替えという行為自体に惹かれているのかもしれない。そこに裸があるか下着があるかはもはや問題でない。普段見ることのないもの、見てはいけないもの。禁忌を犯していることが心に甘美な味を想起させる。

余談だが河下先生は黒髪ロングよりショートの方が描くのうまいと思う。



  • まとめ

この静かな世界の中で、羽衣狐さまだけが美しい(生き肝を差し上げたい的な意味で)