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『惑星のさみだれ』から考える、第一話から面白い漫画の弊害

漫画

『惑星のさみだれ』に感じる物足りなさ犬の本棚

上の記事を読んで思ったこと。

惑星のさみだれ』の問題点は、「第一話から面白い」ことにあるのではないか?

*この記事には『惑星のさみだれ』に対するネタバレはありませんが未見の方はぜひ読むことをおすすめします。主に私が好きなので。


惑星のさみだれ 1 (ヤングキングコミックス)

惑星のさみだれ 1 (ヤングキングコミックス)


さてさて世の中に「面白い漫画」というものはたくさんあるが、果たして「第一話から面白い漫画」となるとどれほどあるだろうか?


かなり人気のある漫画でも、一話どころか一巻終了時点でもまだ面白くないものも多い。面白くないは言いすぎだが、話が始まらない傾向がある。たとえば私は『ベルセルク』を友人に貸すときはたいてい7巻までまとめて読ませた。『ジョジョの奇妙な冒険』なども3部から読ませるのはわりと一般的なすすめ方だ。

なぜか?

もちろん作品がすすむにつれての画力の向上など技術の問題もあるだろう(4巻くらいからだんだん今の絵に固まってくる、など)。
しかし一番の理由は漫画、特にいわゆるファンタジー系バトル漫画はある程度第一話の典型というものが決まっていることにある。つまり多くの他の漫画も似たような展開なので、しばらく進まないとその漫画の面白さが見えてこないのだ。少なくとも第一話の時点では分からない。

えてして壮大な話はスタートが遅い。全体を考えれば導入部となる数巻を世界観説明に使うのは何も問題ないしよくある話だしそうあるべきだ。だから第一話というものは、斬新な世界観、高い画力、リアルなキャラクター造形、目新しい設定などストーリーの枠組みから外れた細部に面白さを見出すのが普通だ。「面白そう」「これから面白くなりそう」と思わせられれば十分だ。勝ちだ。

こう考えると初回から「展開」が面白いと感じさせる漫画は貴重だ。

たとえば『週刊少年ジャンプ』などの少年漫画はキャラクター人気に強く支えられているので、多くの読者の第一話の判断基準は主に画力とキャラクターに置かれている(と思う)。余談だがその中でも「ヒロインがかわいいか」が重視されている(と思う)。


ところが『惑星のさみだれ』の第一話は面白い。第一話から「面白そう」でなく「面白い」。

それも特殊な作り方をしているのでなく、主人公が能力を手に入れてヒロインと出会うという、どう見ても王道の枠組みにある第一話でありながら、面白いのだ。


それは従来の王道作品を皮肉ったりその斜め上を行くからで、こう書くと『惑星のさみだれ』はひねくれた漫画にみえるがその実しっかりと王道の枠組みにある漫画だ。

王道とは優れているから王道と成り得たわけで、熱さや感動を出すのに王道という物語構成は非常に適している。

その唯一にして最大の弱点が読者の飽きだが、『惑星のさみだれ』の場合は王道の熱さや感動がありながら、その斜め上をいく予想を裏切った展開となるため飽きがこない。


しかしそれは必ずしも良いばかりでない。


一度物語の山がきてから谷に落ちることを中だるみと人は呼ぶが、前述したように普通の漫画はスタートが遅いためその山がくるまでにしばらく時間がかかる。だが逆にいえば山がくるまで中だるみはこないし、読者はそれを感じない。
ところが『惑星のさみだれ』は第一話からすでに山がきている。ゆるやかに起伏を作りマラソンのようにペース配分を考えて描くのが理想的な作品だとすれば、『惑星のさみだれ』はあまりにスタートダッシュをかけすぎである。リンク先のような意見はこのへんに原因があるのではないか、と私は思ったわけだ。


私自身は『惑星のさみだれ』に物足りなさを感じないが、仮に感じるときがくるのなら、それはその「王道な展開」への飽きではなく、「王道を行きながらその斜め上をねらうという展開」への飽きかもしれない。

つまり「飽きのこないことへの飽き」である。


身勝手な読者の私見