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三角関係はどうやって解決すればいいの?(『虫と歌』「星の恋人」)

もう何度も読んでいますが、『虫と歌』がすばらしい。

虫と歌 市川春子作品集 (アフタヌーンKC)

虫と歌 市川春子作品集 (アフタヌーンKC)


『虫と歌』は昨年の私的ベストにも挙げていてまだ書きたいことが残っていました。マンガ大賞とると信じていたのでそれから・・・と思っていたらタイミング外され、さらにポンコツ山田.comさんをけしかけたところ先にレビュー書かれてしまったので急いで便乗しました。

この『虫と歌』は短編集で、四編のベストには「日下兄妹」を挙げる人がほとんどです。が、私は「星の恋人」が好きでこれについてのレビューは読んだことがなかったので自分で書くことにしました。


注意)ここより下は完璧にネタバレ


僕の妹は、僕の指から産まれた。妹への感情は兄妹愛のそれを超え、「ひとつになりたい」と願うようになった。(『虫と歌』単行本帯より)


この話は後半、二人が海へ出かけてからの20ページがすごい。

噛み合わない会話。というかさつきにとってはつつじと居ることが幸せなんだろう。少年だなぁ。

さつきは「うん」と答えてるだけ。でもつつじの口から「パパ」という単語が出てきたとき、さつきは止まる。この後も二人が特別であることを強調し「一緒になろう」と示唆するさつきに、つつじは「3人でずっと親子みたいに暮らしていけたらきっと楽しいわ」。

はぐらかすつつじに対し、ついに「君とまた一緒にいたいから兄の役はできないよ」と言うさつき。しかしそれも「風が強くてきこえない」と逃げられる。


表面的には通じているけど内面的には噛み合わない会話がうまい。市川春子さんはどの作品もセリフ回しがうまいですが、ここでのディスコミュニケーションは特にそれを感じました。


  • 表情の変化

海でのつつじの表情は「お姉さん」ですが、

一転おじさんの前に来ると「女」の表情に変わります。ここは驚いた。


「日下兄妹」では全く表情のないヒナの感情を出すという離れ技をやってのけた市川春子先生ですが、「星の恋人」でもシンプルなつつじの表情の変化が描かれています。

  • 三角関係の解決方法

二人の男から愛され悩むつつじ。

三角関係は近代小説でよくあるお話だと思います。夏目漱石『こころ』では男の方が消えますが、「星の恋人」は女であるつつじが消えます。近代小説的な三角関係はあまりハッピーな結末を迎えません。実際あんまりハッピーなもんでもないですし、三角関係。

しかし恋愛ものにとって非常に分かりやすくドラマ的な三角関係は描かれ続けます。現代の恋愛ものではそこからハッピーエンドにもっていくために様々な手法がとられています。多いものは恋愛敗者となった方が救われるエピソードを追加するというパターン。しかしこれは「嘘くさい付け足し」ととられる懸念もあります。


「星の恋人」はというと、つつじは自らが消える選択をします。しかし、ここで女のつつじは植物。「消えた」つつじは新たに再生します。再生したつつじは記憶を失い、新たな生が始まる。このラストをどうとるかでこの話に対する評価は変わると思います。私はこれをハッピーエンドととりました。

記憶を失ったつつじはさつきに対する思いはなく、おじさんを愛することになるだろう。そしてさつきは、さつきへの愛は確定されている。つつじの切り落とした腕から生まれるだろう「彼女」からの愛が。

これは希望に満ちた終わりだ。なぜなら誰も消えることなく、なんら無理なく、付け足しのような救済話もなく、恋愛の板挟みを解決したのだから。

「愛するつつじを捨てて、まだ生まれてもいない新キャラを愛するのはどうなの?」と思う人もいるかもしれない。しかし、それでも私はこれをハッピーエンドと呼びたい。なぜなら、これから生まれてくるであろうものは、新キャラなんかじゃないからだ。

未だ誕生を待つ彼女はかつてのつつじの腕であり、つつじが自分の腕を切り落とした事実はそのままつつじがさつきを愛した気持ちだ。つまりかつてつつじ腕であったものは、これから生まれてくるでろうものは、「純粋なつつじの愛」だ

おじさんはさつきを愛する気持ちと別れたつつじと結ばれ、さつきはつつじの自分を愛する気持ちと結ばれる。それを感じさせるラストは、しかしあくまでほのめかすまでに止め、最後まで描かないところもいい。

ファンタジー要素ありだからこその技とはいえ、三角関係からハッピーエンドへの持っていき方には驚嘆。わずか50ページでこれほどの恋愛ものはなかなか現れないと思います。あともはやネタバレすぎるので書けませんが、このテーマでは『シャドウハーツ2』が神ゲーでしたね。