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三山はなぜデレなかったか? : 『ハックス!』

*以下は『ハックス!』を全巻読んだ方向けの記事です。


ハックス!(4) <完> (アフタヌーンKC)

ハックス!(4) <完> (アフタヌーンKC)



ハックス!』を読み終えた方はご存じの通り、三山は最後までみよし達に協力しなかった。完結した際、ここに引っかかっていた。私は秦野さんはアニメ部に入り名前忘れたウザいやつとも仲直りし、そして三山も協力してくれる大団円なエンドを思い描いてたのだ。ところが、それは全て叶わなかった。まぁ秦野さんはよかったしウザいやつはウザいからいいんですが、三山は……。


「三山はなぜデレなかったか?」これが『ハックス!』完結後の私の疑問でした。作品にリアリティを出すため、「現実はそう甘くはないよ」と言うために、そのためだけに三山はいたのだろうか?


その点について読み返して考えたこと。結論としては、三山はあれでよかった。もともと折れるようなキャラでないのだ、三山は。


あれは、どうあっても折れない三山のような人に対し、「みんなで楽しく」主義のみよしがどうするか?という問いだったのだ。三山ががんばってなんとかなるようなやつだったら、みよしの苦悩は薄くなる。問題は「三山はなぜデレなかったか?」ではなく、「デレない三山にみよしはどうするか?」だったのだ。


でも、三山はみよしのためだけの存在じゃない。『ハックス!』は全四巻という短さでありながら、群像劇としてもよくできている。ぼくは三山のような青春を無駄に過ごしてしまったやつに共感を覚える。



カメラを引いて、楽しそうなみよしたちの後ろには必ず、そこにいるのに入っていけない三山がいた。それはぼくが犯してしまいそうであった過ちであり、実際一部は犯していたものだからだ。高校時代のぼくはどうしようもない三山を抱えていた。そしてまぁ、多かれ少なかれたいていの人はこういう青春の悔いを抱えている。



作品にリアリティを出すという機能的な面以上に、そこに三山がいたことには意味があった。