『あひるの空』にみるスポーツ漫画における「負け」の機能

恥ずかしながら今頃になって『あひるの空』を読んでいる。これがものすごく面白い。


あひるの空 (1) (少年マガジンKC)

あひるの空 (1) (少年マガジンKC)


どこまでをネタバレと呼ぶか難しいので初勝利が何巻かは伏せるが、この漫画、勝つまでが非常に長い。つまりそれまではひたすら延々と負け続ける。「友情・努力・勝利」の時代は終わったなんて言われて久しいが、それでも勝利からは離れられずにいるジャンプを見ると、よくこんな漫画が少年漫画誌で長期連載できてるもんだと感心する。
あひるの空』は過去のスポーツ漫画、特に最も有名なバスケ漫画である『スラムダンク』を相当に意識しているが、そのアンチテーゼ的に描かれる「負け」の役割について考えてみた。

  • 勝利の価値

強豪校の1勝と弱小校の1勝とでは同じ1勝でもその価値は違う。だからたいていの漫画では弱小校を舞台にする。そういった設定上の弱さだけでなく、作品内で丁寧に「負け」を描くことで「勝ち」の価値は高まる。

  • 「負け」があることによる緊迫感

ジャンプの三本柱を「友情・努力・勝利」などと言われたが、昔から少年漫画は勝つものだった。勝って勝って勝ち続け、気が付けば勝つのが当たり前になっていた。試合描写が描かれたものに限れば、長期連載のスポーツ漫画における平均通算敗戦数は3程度ではないか?
だから基本的には主人公(チーム)は勝つものだった。だがそれは「どうせ勝つだろ」というマンネリを生み出す。その中で「負け」が有り得るというのは作品に緊迫感を生む。これは具体的には『カイジ』なんかを想像してもらえれば分かりやすいと思う。

  • パターン化の回避

勝ち続けてきたということは、作品構造がパターン化していたことを意味する。すなわち、「トーナメントに出てそこを勝ち上がる」形式。そこに参加する前や、同時並行して行われる非公式試合では「負け」も描かれる(前述の「勝利の価値」のため)が、それはメインとなるトーナメントのための前座でしかない。高校スポーツなら仕方のない面もあるが、これまでの多くのスポーツ漫画は(特に少年漫画は)「トーナメントを勝ち上がる話」という一言でまとめられてしまう。勝ち続けるからパターン化してしまう。そんな中、最近では差別化として負ける話も出て来た(有名なところで『おおきく振りかぶって』)

  • この時代で、伝えるために

世の中に無数の物語の氾濫する現代。その反動、食傷・慣れによって、ありふれたテーマというものが伝わりにくくなっている。「みんなと仲良く」「努力が大事」みたいなフレーズを耳にした時、私たちは当たり前すぎて深く意識せず流してしまう。
そんな言説は巷にあふれているし、そんなテーマを扱った「薄っぺらい」物語もありふれている。そんな中、読者を立ち止まらせるほど感覚に訴えるためには、相当な回り道が必要とされる。私の大好きな『ディスコ探偵水曜日』という小説では、要約すれば「がんばれば願いは叶う」で「だいたい合ってる」ことを伝えるために原稿用紙千枚が費やされた。
「負け」とは失敗であり、『あひるの空』の面々はどんなにがんばっても失敗し続けるのだ。簡単に成功してしまう話に私たちはリアリティを感じない。「どうせお話だから」と斜にかまえてしまう。挫折に挫折を重ねて挫折する空たちの姿は、私の心に響いた。

  • おわりに

あひるの空』の面白さはこの「負け」だけに限らずまだまだ語りたいことはあるが、まだ既刊すべては読み終えていないこともあって今回は「負け」だけを取り出してみた。が、それだけでも十二分に面白い。とんでもない漫画を今まで読み逃していたものだ。超オススメ。