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「ジャンプはいい加減負けるべき」へのレスポンスから

漫画
  • この記事について

 ジャンプはいい加減負けるべき。なにやってんだお隣のマガジンはもう負けてるぞ!

先日書いた上の記事に来たコメント回答、また記事に対してのカミハルさんからの反論(「子供たちのためのジャンプ」−ジャンプは負けるべきなのか? - 稀な晴れ-読書,呟き,痕跡-)に対して、を中心にまとめてみました。注意点としては、どこで誰に対しての返信をしているか非常に分かりにくいです。よって面倒ですがすべて目を通していただけると幸いです。

  • はじめに

前記事はいわゆる釣り記事というやつで、「面白く」「カンタンに」するために極端かつ大幅な省略あるいはハッタリがなされています。だから実は普通の文章より読み解くのは難しい、もしくはそこに書かれていることだけでは理解できません。具体的に言うとまず肝心の「勝利構造」について説明がありません。これはひどい

分かりやすく言うと前記事は「ジャンプってのは、しょーりこーぞーに囚われてんれすよ!そんなんじゃダメなんすよ!」という酔っ払いの妄言で、大半の人は(「しょーりこーぞーって何?」)と思いつつも、酔っ払いに絡むとめんどいし「ま、ジャンプってバトル多いし、よくわからんけどそういうことだろ」みたいに自分なりに合点(←イマココ)したと予想。よってまず前記事で言いたかったことを解説するところから始めたいと思います。

  • 先の記事で言いたかったこと

ジャンプは「勝利構造」に支配されている。勝利構造とは、「A地点の勝利→(友情・努力)→B地点の勝利→(友情・努力)→C地点の勝利→……」というように、ポイントポイントでの勝利を連続として進行する物語構造を意味する。
この下で「勝利を目指さない物語」や「その後の展開の方向を変えるポイントで負ける這い上がりの物語」を描けない。それは実際にスポーツ漫画が生まれにくく(数的に)、バトル漫画ばかりのこれまで・現状からもうかがえる。これは物語構造のパターン化であり、マンネリズムを生み、雑誌全体のバランスを悪くする。よってこの勝利構造からの脱却を必要と考える。
強調しておくと、問題としているのはスポーツ漫画が少ないことではなく、その原因となっているシステムによる物語構造のパターン化とマンネリ化です。

  • コメントに対して
    • ジャンプも「負け」は描いている

上述した私の文意に沿う「負け」を、現在連載中の『黒子のバスケ』が最近の展開で通っている。また『ワンピース』の展開も同じく「負け」である。

この2つ(もっとあるかも)に関しては反論の余地がありません。いきなり私の意見を根底から覆えされました。これ以上続ける意味あるんでしょうか?でもせっかくコメントいただいたので続けます。

    • 「勝利構造」支配はジャンプに限った話じゃない

最終的に主人公サイドの勝つのは――特に少年漫画なら――それが普通。ジャンプに限った問題ではない。

その通りです。ただ上位作品のほぼすべてをこの「勝利構造」下にあるジャンプにおいて、この意味はより大きいと考えます。看板の長期連載が居座る状況で、新連載もこのシステムで戦うとなると、結果的に全体の「勝利構造」比が高くなるからです。

    • 「負け」以外の方法で「勝利構造」を乗り越えるジャンプ

これは素直に面白い。そんなことしなくても「負け」ればいいじゃん?というとこで、あえて妥協しないで進むという姿勢が、それ自体がとてもジャンプ的。この意見の詳細はカミハルさんとこへ。

    • バランス悪いのはどっち?

逆にマガジンはスポーツ漫画が多すぎてバランスが悪い。

これも盲点。ただマガジンで言うスポーツ漫画をジャンプのバトル漫画で置き換えれば、ジャンプはスポーツ漫画が少ないとは言えなくとも、バトル漫画が多すぎる(「勝利構造」に偏っている)とは言えると思います。またマガジンがスポーツ漫画が多くなるという構造にあるとは思えないので(*マガジン詳しくないので断言はできませんが)マガジンにとっては状況によって対応できるレベルの比較的小さな問題だと思います。

    • 小さな負け

ジャンプでも「負けてもその先に進める試合(練習試合、リーグ戦の中の一試合、団体戦の中の一カード)における敗戦」は描かれている。

私の文意に沿わない負け、これを小さな負けとか弱い負けとか(勝手に)呼んでます。私はこれを、勝利構造下で「負け」があることでの緊迫感を出し、勝利の価値を上げるべく採り入れられた妥協案という見方をしています。つまりシステムを変えずに効果だけ得ようとした努力の策。表現にトゲがあることから分かるように、なぜ私がこれをハッピーにとらえていないかと言うと、この小さな負けでは「物語構造のパターン化」は変えられないからです。そして私が「勝利構造」の話で中心としていた問題がこの「物語構造はパターン化」だからです。

    • 本当にスポーツ漫画は一般受けするの?

「一般受け」という表現は不適切でした。相対的な一般受けというか、バトルものを中心に好む層とはズレた層を狙うことで雑誌全体のターゲット層を広くとる、ことをイメージしています。子どもの頃は多くの人がバトルもの好きでも、成長につれ離れていく例があります。このような層は子どもの頃から継続して読んできた長期作品の他には、新たにバトルものを読もうとしない、あるいはそれからも離れるケースも。(『ワンピース』などの人気はこれらの層「も」多く捕まえたまま新たな子ども読者を取り入れていることが挙げられます)こういった層が雑誌全体でみて『ワンピース』以外に読む+α(これは『ワンピース』と色の違うものの方が良い)として「も」、スポーツ漫画を置くことは有意義だと思います。

    • 「勝利構造」は読者が要請している

アンケートシステムで決まってるからいいんじゃね?/サンデー・マガジンよりジャンプの方が売上で勝っているんだからいいんじゃね?

アンケートと売上を一緒にまとめるのも乱暴ですが、人気主義としてまとめ。売上ばかりでみるのもよくないし、アンケートには偏りがあります。アンケートの偏りに関しては大きく複雑な問題が絡む上にこの文脈でそう重要ポイントでもないので、デリケートな問題としてスルーします。読者の要請という意味では次の項目も関わりあります。

    • そもそも一雑誌でバランスをとる必要はない

ジャンプはターゲット層の「少年」を捕まえてればいい。だから彼らの好む「勝利構造」漫画ばかりでも構わない。むしろそうあるべき。

私個人としては仮に明日からジャンプが百合姫の百合をバトルに置き換えた雑誌(要はバトル漫画専門誌)になっても偏らない程度には漫画読んでるつもりです。だからなんにも困りませんね……あれ?

ただジャンプの場合は移行雑誌が確立していない・ジャンプのカバー範囲が広すぎるので(SQはこれを狙っているかも)、ジャンプしか読まない人はけっこういます。で、これをもって問題としていたのですが、よくよく考えてみればそれって読者の側の問題ですね。「お前らもっと漫画読めよ」っていう。……あれ?

まぁ、先ほど述べた通り、私自身はジャンプのバランスが悪くとも全然困りませんし、「ジャンプかくあるべし」みたいな思い入れも特にありませんし(*サンデーっ子でした)、何より私は集英社はおろかAmazonさんからだって一円たりとももらっていないので、本当にジャンプが勝利構造雑誌だろうがなかろうが、あんまり関係ないんですよ。

要するに、一つの雑誌がバランスをとる必要はないという意見に賛成です。ジャンプの目指してるものが何は知りませんが、少年漫画誌に徹するならアリな選択かと。問題は多くの読者が他の漫画誌を読まないことにあるという点に移行。

  • 簡易まとめ

最初の項目でいきなりおじゃんでだいたい意見採り入れてますが、一連のプロセスを分かりやすく整理すると

私「なかなか良い雑誌のようだが…………負けが描けない、そこがお前の限界だジャンプ!」
ジ「……負けなら、描けるさ」
私「なん……だと……!?」

……と、この議論自体がジャンプ的枠組みに落としこめられるというお話だったのさ。まぁジャンプ的というか、ブリーチ的ね。

  • まじめにまとめ

この「勝利構造」に関しては、編集サイドも(というか私なんかより彼らの方が全然)これを熟知しているでしょう。反例の『黒子のバスケ』・『ワンピース』・『バクマン。』・『めだかボックス』のいずれもが新しいことからも、今のジャンプは新しい局面に来ているとも考えられます。簡潔にまとめると私の意見は「ジャンプの未来は暗い」から「ジャンプの未来は明るいかも」へとチェンジしました。

  • コメントしてくださった方々へ

ここに書いたものは全てのコメントへの返信として不十分です。ので、後ほど個別に対応させていただきます。ただ私としてはざっとこの記事にまとめたつもりなので、こちらも参照していただければ。問題はこの記事に対してのコメントも予想されることですが、そちらに関しては先に来たコメントの方から優先という形で対応するつもりです。様々なご指摘どうもありがとうございました。