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これからの「黒髪ロング」の話をしよう

黒髪ロング

*1: このエントリはマイケル・サンデル教授およびその著書『これからの「正義」の話をしよう』とは何の関係もありません。あなたが信じる限り……。

*2: このエントリは9月6日黒髪ロング祭企画参加作品です。



半年前の話だが、こんな記事を書いていた。


 属性としての「黒髪ロング」と、そこから読み解く物語


属性としての黒髪ロングとは、黒髪ロングのキャラ、内面の黒髪ロング性とも言える。

髪型や体型で分かりやすく性格が分かれるなど現実的にはありえないが、フィクションにおけるキャラクターは外面と内面がある程度相関し、よってパターン化される。例えば金髪ツインテール貧乳ツンデレなどだ。

ここで外面を髪型に絞ると、黒髪ロングはこの内と外の相関が特に大きい。髪型が黒髪ロングのキャラクターは、先に述べた属性としての黒髪ロングである比率が高いということだ。そのため、本来ただの髪型である黒髪ロングの話では、発話者がどれほど内に目を向けているか、そこも考慮しなければならない。これはもちろん黒髪ロングに限った話ではなく、「金髪ツインテール」が好きな人は貧乳ツンデレキャラが好きなのかもしれないし、縦ロールが好きな人は高貴なお嬢様キャラが好きなのかもしれない。


「黒髪ロング」とは何なのか?ある人が黒髪ロングと口にした場合、それは外面の黒髪ロングなのか?内面も兼ね揃えたものなのか?あるいは内面のみをもって、か?


「黒髪ロング」に対しお互いのコンセンサスのとれていない議論は空虚でナンセンスである。「みつあみを黒髪ロングと認めてよいものか?」「ポニーテールは黒髪ロングとは言えないのではないか?」といった話しばしば議論になる。宗教と政治と黒髪ロングの話は避けた方がいいとさえ言われるのもそのためだ。

まこと、黒髪ロング事情は複雑怪奇である。


しかしその中でも「黒髪ロング」としてコンセンサスのとれているのは、やはり黒髪ロングストレートだろう。

そこで以下では「黒髪ロング」として黒髪ロングストレート(黒ストロング)を想定して話を進めていく。黒髪ロングという言葉は、黒髪ロングストレートと同義で扱われるケースが多い。では黒ストロングならば必ず内面の黒髪ロング性(黒髪ロング属性)をもっているかといえば、ノーである。『属性〜』で私の指摘した黒髪ロング属性は、今や黒髪ロングの専売特許ではない


影響の大きかったのは当然エヴァンゲリオンアヤナミレイだろう。アヤナミからエヴァのストーリーは『属性〜』の最後段(「黒髪ロング」から読み解く物語)と一致する。90年代に登場したエヴァの影響は広く大きく、アヤナミレイは無口無表情キャラ隆盛の発端と位置付けられるが、無口無表情つまり謎の多いキャラクターの隆盛は一方で、その大部分を黒髪ロングが占めていたミステリアスなキャラ市場への新たな参入であった。アヤナミ系キャラはアヤナミっぽいことで謎の美少女性を獲得したのだ。

日本の伝説・伝承の世界においては無意味に長く嘘のように美しい黒髪ロングはしばしば非日常の象徴であったが、現代フィクションでは髪型・髪の色がバラエティーに富み、黒髪ロングの非日常性は薄れた。


とはいえ、黒髪ロング属性は健在なのは言うまでもない。黒髪ロングを見たとき、我々は自然そのパラメータを高く見積もってしまう。そのような描写が出ていない段階でも、黒髪ロングならばそのキャラクターは成績優秀で作中評価でも美人なのだろうと考えてしまう。このイメージを逆手にとってイメージをずらす、ギャップをねらったキャラ造形もある。最近では『とある科学の超電磁砲<レールガン>』の佐天涙子もこの一種かと思うが、いわば残念な黒ロンといったところか。


また別の観点から、黒髪ロングイメージの逆利用に関しては以前、現在放送中の『世紀末オカルト学院』神代マヤについての考察でもふれた(『世紀末オカルト学院』 神代マヤちゃんの可愛さは異常(オカルト)!!)。


黒髪ロングは他のどの髪型よりも外面と内面の相関が大きく、いささかテンプレ化していたきらいもないではないという言説を積極的に否定はしないが、そのイメージ逆手にとって外すことで新たなキャラ造形の可能性が見えている。こう言うと、この流れが黒髪ロング属性のない黒髪ロングを流行らせることで黒髪ロング属性(黒髪ロングの性格的イメージ)が消えるとの恐れを抱くかもしれないが、それはない。

黒髪ロングの内外イメージの結びつきは今後も強固に生き続けるだろう。それは先に述べたように、伝説・伝承の世界から始まって、これまでの多くの作品群で培われてきたイメージであり、そしてもちろん内外そろった黒髪ロングというキャラが非常に人気の高いからだ。


思えば今はキャラ時代。外面と内面の結びつきの強く、ときに物語構造まで支配してしまう黒髪ロングは物語的に扱いにくくもあった。黒髪ロングがその属性から離れて「広がり」をもつことは、黒髪ロングの定着という点からみても自然の流れだろう。


「若者の黒ロン離れ」が叫ばれて久しい。黒髪ロングに固執することは処女に拘るかのごとくカッコ悪く、女性受けの悪いという空気が散漫している。本当に黒髪ロング愛好者はそのような古い価値観の人間なのだろうか?美しいものを美しいと言うことが悪いことなのか?
温故知新。黒髪ロングを愛することで、我々は新たなステージに上ることができるはずだ。


黒髪ロングは、女性の側からすればケアの面倒さであったり、生活する上での不便さであったりと、効率を考えれば現代の生活にそぐわない髪型である。しかし長い目でみれば江戸後期・明治からの社会進出で女性は髪を結い上げ、何度もショートカットのブームが起きた。様々な動きの中、それでも黒髪ロングは生き残ってきた。そのような黒髪ロングがそう易々と消えはしないだろう。


フィクションの世界に目を向ければ、セーラームーンや初代プリキュアには黒髪ロングがいたのに最近の子ども向け番組に黒髪ロングが少なく、これでは女児に黒髪ロングへの憧れを抱かせられない。これは黒髪ロングの減少の原因ではないか、との提言が出ている。

最近のプリキュアボーカロイドなど、カラーバリエーションの豊富な世界において「黒」は出しにくく、青や紫ロングヘアのキャラクターが黒髪ロングの代わりとして登場する例も多い。こういった作品でどう黒髪ロングを活かすかは今後の課題となるだろう

それは決して容易なことではないが、必ずや成し遂げられるはずだ。人が黒髪ロングを愛する気持ちが生き続ける限り、不可能などないのだから(了)

  • 追記

 黒髪ロング祭作品まとめ

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