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ぶっ飛んでポジティブな作品とミルキィホームズ

最近はぶっ飛んでポジティブな作品が好きなんだな、と思うようになったのはミルキィホームズの影響が強い。


いわゆる王道のフィクションに対して「現実はそんなに甘くないんだよ」というアンチ視点の物語は必ず出てくる。かといってそんな厳しい話ばかりになるかと思えば、「でもやっぱり王道もいいよね」みたいな揺り戻しもまた起きる。

要はその時々でどういったタイプのものが発信力・影響力があるかという話なのだが、最近は程度や手法の差はあれど物語もリアルに対して意識的である必要を迫られている。このリアルってのが何なのかと考えると、物語に立ちはだかる壁、シビアな要素がそれに当たるのだろう。それらすべてが現実に起こり得るという意味でリアリティだとは思わないが、なるほど「現実」はそんなに甘くなく、そのシビアさを乗り越えた物語はより心に響く。あるいは「現実」をそのままぶつけてくるものも衝撃的だ。
そんなものを食べて生活していると段々「リアル」に疲れてくる人が出てくる。「フィクションでくらい夢見せろよ」みたいな。それが揺り戻しの環境だろう。そうやってリアルとの向き合い方を求めて物語があっちへこっちへ動く中、メタ視点の物語が出てきたのは頷ける。メタ視点は一つの世界を犠牲にすることでその上にある世界での説得力を強められるからだ。

例えば現在放送しているまどかマギカの世界は従来の魔法少女ものでは無視されていたシビアな一面が見え、リアルな魔法少女アニメという観方があるようだ。また一方で、世界構造の謎というメタ視点での読み解き方もされている。完全に追っているわけではないが、リアルとの向き合い方という面ではアンチ視点またメタ視点の要素が強いのだろう。

ミルキィホームズの話に戻る。まどかマギカと比べて、最近見つけたこの動画がうまくミルキィホームズの位置を表していると思う。まどかマギカで悪の元凶扱いされてるキュウべえをもってしてもミルキィホームズの前には主導権を握れなかったみたいなお話だ。



ミルキィホームズの世界は全てを呑みこんでしまう。アンチ視点のようにリアルが立ち現われるわけでもなければ、メタ視点のようにリアルに意識的に理屈を作るわけでもないのに、「リアル」を含んだ世界の中でウソが堂々と勝ってしまう。

ぶっ飛んでポジティブな物語はメタ視点の物語とは違う手法で、「現実はフィクションみたいに甘くないんだよ!」という物語すら呑みこんでしまう。メタ視点の物語がものすごく回り道をして理屈作りにがんばってることを、ぶっ飛んでポジティブな作品はバカみたいなお話をやるだけで達成しているようだ。やり方は逆だ。フィクションを通して受け手に伝えるため、それがフィクションであることを如何にして隠すかに重点が置かれたのがアンチ視点またメタ視点であるならば、ぶっ飛んでポジティブな作品は堂々とウソを押し通す。リアルとの向き合い方という文脈でいえば、ミルキィホームズのそれは「シビアさはあるがフィクションだから勝てる」で、それ自体明らかにウソだが、ウソが堂々と勝つというのは観ていて清々しいしそれによって物語の可能性を信じられる。

ひどく分かりにくい話だが、ミルキィホームズに惹かれた理由はこのへんにあるような気がする。