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『神戸在住』を再読する

先の震災を受けて「物語に何ができるのか?」という話がありました。

物語に直接の効果は望めません。望むものでもないと思います。物語は食糧にも宿にもなりません。ただ、人を動かすエネルギーにはなり得ます。その点で物語は時に食糧にも宿にも勝る効果を持っています。そして誰かが動くことでまた別の誰かが動くこともあるでしょう。それが物語の持つ力であり、その連鎖もまとめて物語となります。


震災後、まず読みたいと思ったのは『神戸在住』でした。久しぶりの再読になりましたが、特別好きな漫画です。以下は私自身の記録として書きました。作品の紹介や考察としては不親切・不適切かもしれませんがご了承ください。


神戸在住(1) (アフタヌーンKC)

神戸在住(1) (アフタヌーンKC)

概要
東京出身で神戸の北野にある神戸中央大学校(ママ)(モデルは神戸山手大学・短期大学)に通う主人公、辰木桂の大学生活を中心に、主人公とその周りを取り巻く人間模様がほぼ一話完結のエッセイ風に描かれている。タイトル通り、神戸近辺を舞台にしているため、特に阪神・淡路大震災の話が度々描かれている。また国際都市神戸としての多様性を象徴するように多様な背景を持った人々が登場する。出会いと別れ、死、地域性や人種・民族、病苦や障害などに焦点を当てたストーリーが特徴的である。
神戸在住 - Wikipedia

  • 初読の想い出:「円紫さんと私」シリーズとの共通点

神戸在住』を読んでいていつも思い出すのは、北村薫先生の「円紫さんと私」シリーズです。全体の雰囲気や大人しいが芯の強い主人公(表紙のイメージでもそっくり)がとても似ています。


空飛ぶ馬 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)

空飛ぶ馬 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)


内容としても共通点が見られます。両方とも文学部女子大生の4年間+αの話で、大学より外のコミュニティも描いている点。また外部要因ですが、『空飛ぶ馬』を書いた当時の北村薫先生は覆面作家で、木村紺先生は現在もプロフィールを明かしてないのでそこも共通点と言っていいかもしれません。

「円紫さんと私」シリーズは昔から大好きだったので『神戸在住』にも雰囲気から入った覚えがあります。

  • 漫画としての特徴:コミュニティの多さ

神戸在住』は登場人物が多い。というか、多くのコミュニティにふれています。
例えばある一つのサークルに焦点を当ててその中の人間関係を描く作品はよくあります。しかし当然一人の人間が一つのコミュニティにしか属していないわけがない。またずっと同じ場所に居るわけでもない。それが「サークル」にスポットを当てていると言うことです。その意味で、神戸という街にスポットを当てたのが『神戸在住』と言えます。

主人公の辰木桂は文学部美術科の学生ですが、彼女は美術科だけでなく様々なコミュニティに所属しています。家族、同じ授業を受ける学部の友人、英文研究室、そして憧れのイラストレーター日向洋次さんの店……ある一つのコミュニティに止まらず、また大学からも広がった様々な人との関わりから神戸の街が描かれます。
群像劇的にサークル内の個々人に視点を移動しても人の広がりは描けますが、あくまで桂の視点で桂の歩いた範囲内の「神戸」を描く手法が、読む者に街を実感させます。

  • 時間の流れ:本と偶然


氷の海のガレオン/オルタ (ポプラ文庫ピュアフル)

氷の海のガレオン/オルタ (ポプラ文庫ピュアフル)


神戸在住』には色々な本や音楽や絵画の話が出てきます。その中で意識していたわけではありませんが、10巻で桂が伏見さんから貰った『氷の海のガレオン』を昨年私も読んでいました。同作者の近作『マイナークラブハウスへようこそ!』が気に入ってそこから遡って出会ったのですが、こういう偶然があるのも面白いです。『氷の海のガレオン』からしばらく活動停止していた木地雅映子先生も『神戸在住』連載終了から、『悦楽の園』『マイナークラブハウスへようこそ!』シリーズを続けて書き始めており、時間の流れを感じさせました。

  • 体験から:震災

東京出身者の桂は、その地の人ではないという以上に、震災を経験していないことに周りとの距離を感じます。関西で育った者はみな震災を背景に持ち、中には林や和歌子のような辛い過去をもつ者もいます。阪神・淡路大震災に関しては「部外者」であると言う作者の木村紺先生。「部外者」である読者も桂の視点にあり、震災を、神戸を眺めます。

今回の東北地方太平洋沖地震では私も当事者となり、自分の目で見た震災の影響と比べて読むことになりました。私自身の被害はほとんどなく、周りで死傷者も出ていないので、林や和歌子の体験と比べられるようなものではありません。それでも物やライフラインの切れた生活の中で人や地域の繋がりを感じることが多々あります。被災地もいつの日か震災を過去にでき、そしてまた『神戸在住』のようなすばらしい物語が生まれればと願っています。