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舞城王太郎 『煙か土か食い物』

舞城王太郎の小説は読む者の活力の源となることから時にリポDと呼ばれ、時に頭痛薬の効用まで噂されているのだから驚きだ。いや、呼んでいるのも噂しているのも私だが。

そんな舞城のデビュー作『煙か土か食い物』(今風に略すと『かかい』)を大胆にまとめれば奈津川四郎が眠るまでの話だった。


煙か土か食い物 (講談社文庫)

煙か土か食い物 (講談社文庫)


サンディエゴで外科医として働く奈津川四郎は腕もよく何人もの命を救い何人も女がおり何の問題もない人生を歩んでいるようだったが、ただ一つ彼に不眠症の気があることは始めから提示される。

俺は眠いし眠りたいし眠らなくてはいけないのにどうしても眠れない。あきらめてスチュワーデスに水を貰い持参している精神安定剤を七粒飲んで、俺はそばに座っていた中年女が目を丸くいているのに気づく。[p14]


安眠という言葉の示すように安心感が人を眠らせるのなら、不安を取り除くことが四郎には必要とされていた。

四郎の不安は家族だ。奈津川の家から出て経済的にも家から独立していた彼の、それでも不安要素として家族は残り、それが四郎の眠れない原因だったと思う。

高谷真理の言葉や阿帝奈、そして事件の解決を経て、四郎はようやく眠ることができる。

俺の想像もここで力を欠いたので、願いと思いを親密な愛の周りで輪のようにめぐらせて俺は眠る。ああ深い深い俺の睡眠。俺の安らぐ安らぎ。俺の癒される癒し。俺の睡眠も安らぎも癒しも一時だけのことだがそれでも勿論かまわない。俺は今の時点で必要なものをしっかり手に入れて握り締めて離さない。ずっと欲しかったものを手に入れてそんなに易々と手放すものか。俺は旗木阿帝奈の胸の上やら脇やらで赤ん坊のようにご深々と眠り続けて十五時間立ったのにまだ起きない。よっぽど疲れていたんだね。[p342]


久々の再読となったがやはり面白い。舞城の文章が私は好きだがこのリズム、このスピードは音読を意識していた口承文学から始まる物語の原点だ。その効果は何より読みやすさで、だから舞城作品は(読みやすい人達には)愛され続ける。