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ミルキィホームズ総論:ポジティブな世界観

いよいよ明日(8/20)ニコニコ生放送で『探偵オペラ ミルキィホームズ サマー・スペシャル』放送ということで、以前のニコ生で一気に視聴したミルキィホームズについて総論的な文章を書こうと思う。尚以下でふれたポジティブな世界観に関しては『STAR DRIVER 輝きのタクト』にもかなり近しいものを感じている(が、こちらはまだうまく文章にできないため記事内ではふれないこととした)。観点が同じなら一方を好きな人に対しもう一方もすすめたい。

「退学になったって何になったって探偵でいることはできるんです。メアリーさんとケイトさんみたいに」(『探偵オペラミルキィホームズ』第11話 恐怖のグランドヨコハマ峡谷)


『探偵オペラミルキィホームズ』の中で最も印象深いセリフの一つとして私はこれを挙げる。

メアリー&ケイトは怪盗の二人組だ。ミルキィホームズには正体を隠し探偵と言い張り、そして騙したまま彼女らの元を去る。つまり賢明な視聴者諸子でなくても分かるように、シャロの発言は間違っている。しかし、それは些細なことだと私は思う。

結果的にシャロの言葉を受けたミルキィホームズは奮い立ち、ついに生徒会長アンリエットを助けに駆け出す。ミルキィホームズにはこのようなポジティブな勘違いがよく出て来た。

思い返せばこのメアリー&ケイトの登場する第5話「かまぼこ失踪事件」もそうであった。メアリー&ケイトは彼女らの狙っていた猫・かまぼこに守られたという勘違い(おそらくはかまぼこの単なる自衛)から「復讐という心の闇を切り裂」かれ、「未来という朝日」へ向かう。

同様のことは第3話のツイスターゲーム・第10話「あっちは試験、試練はこっち」など、様々な場面で見られる。こう考えると冒頭に引用したシャロのセリフはミルキィホームズという作品をよく表した言葉のように感じる。

これら全ての言動は正しいか間違いかならはっきり間違いだ。間違いだが、全てよい結果を生んでいる。そこで正しいか間違いかは些細な問題だと私は思う。

無論正しいか否かが最も重要である場面も多くある。それは忘れてはならない。
けれど、時に正しさはよい結果に至る道の一つに過ぎず、他の多くの道と差異はない。そのときどの道を通るかよりも、出発地点の方が重要だ。すなわち出発地点によい想いを持ち立っていること。
トイズをなくしホームズ探偵学院を追い出された身でなおアンリエットを助けたいと思うシャロのひたむきな気持ち。それがミルキィホームズの面々を奮い立てた。その過程に論理的な間違いはあっても。


正解はひとつ!じゃない!!

正解はひとつ!じゃない!!


ではこれはミルキィホームズ、もっと言えばアニメの中だけの話だろうか?

人の記憶はあやふやで、時に大切なことでも覚え間違いをしている。私もシャロのような間違いをしているかもしれない。だが間違いがよい結果を生むのではない。そこを「間違え」てはいけない。重要なのはその前段階。想いの方だ。今まさに自分の中で何かとんでもない思い違いがよい結果を生んでいるのかもしれない。そこには必ずよい想いがある。そこに至り正しさは間違いの上に来ない。

よい結果を生むのはよい想いだということ。大切なのはそのよい想いということ。それを単純化したポジティブな世界観こそが、ミルキィホームズなのだと思う。