責任は転嫁の回り物

 岡目八目という言葉に大して非常にどうしようもなくマジレスをしてしまえば、プレイヤーでもない者がどんなによい手を思いついたって何の意味もない。

 毎日働いてるのがとてもきつそうな友人がいて、先日久し振りに会ってきた。話によれば上司がひどくて事あるたびに場合によっては事なくても怒鳴られ殴られしているらしい。我が職場はそれに比べればはるかにホワイト。驚くほど仕事のできない俺もさして辛く当たられてはいない(今のところ)。

 もちろん彼よりも厳しい職場で働いている者はきっといくらでもいるはずでそんなこと重々承知だが、久々に見た彼は本当に辛そうだった。「お前すげえなあ。俺なら死んでたよ……」と思い実際に言いもしたのだけど、それに対し彼から「いや、うちよりやばいとこなんてたくさんあるでしょ。俺のメンタルが弱いだけかも……」という言葉が飛び出た時にはとても驚いたし同時に悲しくもなった。「自分より辛い環境にある人はたくさんいて、その中では自分はたいしたことがないがメンタルが弱いから辛く感じているだけ」という認識なのだ。震災被災地を訪れたら現地の人は「私たちより被害の大きい人たちがいるからこれくらいたいしたことない」という意識だったなんて話があったが、それよりひどい。環境のせいにしてしまっていい(ように俺には見える)のに、矢印が内に向いてしまっている。

 『それから』の代助くんも自分の働かない理由をすごい勢いで社会のせいにしたことで有名だが、辛いとき誰かの責任にしてしまえないのはきつい。俺くらい職場ホワイトともなると仕事の辛さはだいたい自分のせいにしかならなくて、とてもとても贅沢な話そこは辛い。そして自分の問題なんてのはこれまで生きてきてとっくに嫌という程わかっているもので、自分のせいであることが正しいことも、したがって判っている。だがまあそんな苦しみは俺レベルでようやく味わえるもので、間違っても彼が言うことではない。「そんなことないって俺の職場もっとホワイトだもの」とそのへん彼に伝えたかったのだが、「でも君のメンタルが強いだけかも」ときた。俺よりメンタル弱いやつなんてだいたい消えてるだろ。

 「世界のどこかには自分より大変な境遇の人がいて、だから私はこの程度で嘆いてはいけない。我慢しないと」。ストイックな思考。元気な時にはいいかもしれない。世界のどこかどころかすぐ近くの彼は明らかに俺より辛い境遇にあるわけだが、きっと彼より俺の方がずっと死にたい思っているし会社の誰よりも隕石が落ちてきて会社潰れねーかなーと思っている自信がある。彼に悪いとは思わない。社会が悪い。