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誰にでもできる仕事をやって交換可能な人材になろう

 働いて半年の所感っぽいもの。

「私たちが生き延びるためには、交換不可能な人材になるしかない。自分の“できること”のリストを充実させて、自分にしかできない仕事を手に入れるしかない。“群を抜く”のは、その方法の一つだ。そして、そのためには、何もしなくていい時にしていることを仕事にすればいい」
「そんなの知らないよ」と彼女は - デマこいてんじゃねえ!


 私たちが生き延びるためには、交換不可能な人材になるしかない。本当か?


 交換不可能な人材とやらになればそこにアイデンティティも生まれて仕事も安泰で確かに生きやすいんだろう。でも就職活動中もさんざ聞いたが、こういうオンリーワンにならなければ思想は窮屈なんだ。

 スタージョンの法則を人間に適用すれば世の90%の人はクズであるし、クズにも真面目系クズとかなんとか種類はあるかもしれないが、はっきり特別な価値はない。色々と意味を広げて考えても交換不可能な人材なんて限られている。「私にしかできないこと」なんてのもあるかどうかもわからんし探しても仕方がない。でも「今私しかやっていないこと」は確かにあるし、その方が大事。交換可能な人材でいいのだ。

 例えば俺が本当に誰でもできるような雑用をやったとして、そのとき俺の代わりに誰かがそれをやらなくてよくなる。それが交換不可能な仕事のできる人なら、それは交換不可能な仕事に貢献したことになる。誰かが畑を耕しているから私は畑を耕すことなく食べることができる。もちろん畑仕事は誰にでもできる仕事ではないが、交換可能な仕事だって大事な仕事でそれが交換不可能な仕事を支えている。

 実を言うとそもそも「交換可能な仕事はいずれコンピュータに取って代わられる」みたいな不安がない。特段考えているわけでもないので危機感が足りないだけかもしれないが、強いて根拠があるとすれば、世の90%の人は交換可能だからだ。世の90%の人の仕事がなくなるのはさすがに困るだろう。あるいは交換可能な仕事は意外と交換不可能なのかもしれないし(少なくともコンピュータには)。

 交換不可能な人材なんてそうそう簡単に目指してなるようなもんでもない。それは大多数にとって結果的になるものであっても目指すものではない。長い経験の中で何らか独自なスキルや知識を身に着けたり人間関係を得たりして、交換不可能、とまではいかなくても交換……しなくてもいっか、くらいの地位を手に入れるのだ。群を抜かなくてもよい。才能とか適性とかも要らない。交換可能でいい。そう思うとけっこう楽じゃないかな。バイトの気楽さみたいな。