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『STAR DRIVER 輝きのタクト』の視点

 Togetter - スタドラに見る子供・大人について

 先日水音さんと『STAR DRIVER 輝きのタクト』(以下『タクト』)について話していて『タクト』熱が上がっているので書きます。『タクト』は最近のアニメでは唯一『探偵オペラ ミルキィホームズ』と並ぶ最高に気に入った作品なので。

 Togetterの文脈は水音さんがまとめてくれるはずなので、ぼくは主に「視点」という軸で。まず『STAR DRIVER 輝きのタクト』というタイトルでこそあれ、これが主人公のツナシ・タクトへの「感情移入」を狙ったタイプの話でなかったことは多くの人が同意するところかと思います。バックグラウンドの白い状態で現れたタクトはしかし銀河美少年として思いもよらぬ活躍を始め急に視聴者の手から離れます。PSPゲーム版ではタクトとは別にプレイヤー用のオリジナル主人公を置いたことからもそれが明らかでしょう。

 『タクト』では敵方の動きがバレバレでその多くは日常パートも主人公らと共にしていました。これはギャグ的な効果に止まらず、敵方の「顔」を見せること、引いては共感のしやすい構造にしており、群像劇に向いていました。
 普通なら敵方の「顔」を知るためにはそのための展開を作るところですが、タクトはこれを省略してきました。『タクト』は他のロボットアニメと比べると戦闘の尺が短く、日常パートに多くを割く大胆な作りをしています。これにより1年もののアニメのような「遊び」をふんだんに盛り込むことができ、『ペルソナ4』・『仮面ライダーフォーゼ』のような(個人的には吉住渉作品や『有閑倶楽部』のような)楽しい学園ものに仕上がっています。それが敵方の「顔」を知る効果もあったことは既に言った通りです。
 関連して中盤のヨウ姉妹編は単体でも少女漫画的な面白さがありますが、タクトを好きな少女の視点に移ることで主人公であるタクトを外側から見せる効果もありました。ヨウ姉妹編では初めてタクトの過去が映ります。彼女らは退場しその後の話はタクトの物語にタッチしましたが結果としてより群像劇的に幅を広げました。

 ぼくは『タクト』を主にワコ様を視点においた少女漫画的な見方をしていましたが、タクトやスガタの少年漫画的な戦いの軸もあり、敵味方含め様々なキャラクターの行動原理が見えていたことは視聴者の共感の素地となり視聴者の見方という点でかなり広い幅を持ったアニメであったと思います。たぶんタクトに自分を重ねるよりは少し後ろから見ていた人が多いんじゃないかと思いますが、ぼくの場合はそれがワコ様とうまく重なった感じ。
 Togetterでも「子ども」というキーワードが出まくっていますが、お子様ランチのようにいろいろおいしいものを詰めた感じがぼくにとっての『タクト』です。たぶんもっと絞った方が評価はよかったんでしょうが、そうした「密度」も青春ぽくてまた好きで、学園ものの名作だなぁと。作品全体の色鮮やかさも輝きを感じてまさに青春の謳歌。

 それとハイレベルな作画による戦闘が基本ラスト数分に来ることも視聴者のテンションをコントロールしていた、とはツイッターのタイムラインを見ていて感じたことです。こうしたお決まりパターンを作って視聴者を乗せたことで、いわゆるニチアサものに近い賑わいを休日夕方に見せていたことは今の『ガンダムAGE』の石を投げるようなタイムラインをからすればだいぶ懐かしいです。

  • 補足

 「感情移入」に括弧つけたのは「視点人物としてあるキャラクターに身を置く(作品における基本の立ち位置)」ことと「あるシーンでのあるキャラクターに対する共感(そのシーンでの立ち位置)」とは分けて考えないと、という意味です。「感情移入」論争がごちゃごちゃになるのはこの区分けができていないからではと。この文脈で言えば主人公であるタクトを常に・視点人物として・共感する、とは三重に間違っています。視点をどこに置くかは固定ではないし必ずしも誰かと重ねる必要もないです。そして一瞬の重なりが共感です。


 関連:『STAR DRIVER 輝きのタクト』 : ワコ様の視点とポジティヴに投げ出された三角関係 - 水星さん家