黒髪ロングの文化史 〜平安貴族から萌え時代まで〜

  • 序・プロローグ・設定

「うーん、うーん……」
「どうしたの、たかし君? そんな算数の文章題に出てきそうな名前して?」
「あ、黒髪ロングストレート美人のクラス担任・小百合先生!(名前は関係ないよ〜)」
「実は夏休みの自由研究で困ってて。何をやればいいのかなぁ?」
「あら、自由研究なら好きなことをやればいいのよ〜」
「そうなの? でもぼく好きなものなんて黒髪ロングくらいしかないよ」
「?? ならそれでいいじゃない」
「え、いいの?」
「公務員らしく前例を引いてくると、こういうの(-ポニーテールはなぜ揺れる?- 振り子のふれ方の研究)やった子もいるわね」
「そうなんだ! でもぼく実験は嫌いだなー」
「たかし君は社会科得意じゃない! 歴史にしたら?」
「え、それは『戦国ランス』で鍛えたから(///) でも黒髪ロングの歴史?そんなのでいいのかな?」
「いいのよ。何でも後ろに歴史学とか社会学とか付けとけばたいていのものは学問っぽくなるわよ」
「よーし。じゃあ先生、ぼくに黒髪ロングのこと教えてよ!」
「え、わたしが?」

 小百合先生は英文科卒で黒髪ロングは専門外なので間違いもあるかもしれません。が、その美貌に免じて許してやってください。
 さて、日本女性の髪形は超・おおざっぱに見ていくと、古代:結髪→平安:垂髪→中世〜近代初期:垂髪→近世中期〜戦後:結髪、戦後から〜断髪(短髪)→現代:染髪……という変遷を経ています。
 以下それぞれの転換期に注目し、またサブカルチャーにおける黒髪ロングキャラクターについても見ていきたいと思います。

 染髪の登場(1980年頃)まで日本人の髪の色は「白」と「黒」です。老いを意味する白髪に対し豊かな黒髪は女性的魅力の象徴とされていました。
 髪型に関しては古代には女性も髪を上の方に結い上げていたことが分かっています。ですがよく知られている通り平安時代の貴族の女性は垂髪、髪を結っていませんでした。つまりあえて結わないことを選んでいたのです。
 平安女性の非常に長い髪を考えるとこれは非合理的に思えます。なぜ彼女らは垂髪を選んだのでしょうか?


顔の文化誌 (講談社学術文庫)

顔の文化誌 (講談社学術文庫)


 村澤博人『顔の文化誌』ではこれをこの時代の「顔隠しの文化」と関連深いと説明しています。平安時代の女性は簾の内で生活しており、夫以外の男性に顔を見せることがありませんでした。外出時は被り物で顔を隠します。これと同じように、垂髪は顔を隠す「簾」の役割をしていたのです。

“その結果、女性は自分の容貌を見せないことが奥ゆかしくたしなみ深く、教養があるとされたことになった。言い換えると、垂髪は顔を見せないための最適の髪型だったのである。”(村澤博人『顔の文化誌』p65)


 こういった感情の動きを外に出すのを良しとしない文化はこの時代をルーツとし、例えば武士道精神にも通じていますし、現代にも生きています。日本人が口で「イエス」と言っていても無表情で、顔で「イエス」のメッセージを発しないことは外国人から見ると不自然に感じるようですが、今でも日本人は顔でコミュニケーションをとることをしません。ここに「顔隠しの文化」が見られます。

 内面の感情を表にしない傾向は今の黒髪ロングキャラクターにも通じています。ちょっと古い属性ですが「メカクレ」なんかはまさにこれで、黒髪ロングとの相性がよいものでした。



(『乙女はお姉さまに恋してるPortable〜2人のエルダー』栢木優雨)


 顔でコミュニケーションをとらないことはその分「言葉」や「空気」が重視されることを意味します。そういった中で自分の気持ちを素直に外に出せない黒髪ロング娘はこの伝統的な「顔隠しの文化」を象徴する存在と言えるでしょう。今も『君に届け』の黒沼爽子や『妖狐×僕SS』の白鬼院凜々蝶など、このタイプの黒髪ロングキャラクターは多く見られます。

 ちなみに平安時代に下膨れの顔が人気だった話は有名ですが、これは垂髪が先に決められたためそれに合う顔が美人の指標となったと説明されています。顔パーツの美指標も違うため比較は難しいですが、単純に当時の美人観が下膨れの顔であったとは言えないようです。髪型の選択ができなかったというのが前提にあるわけで。

  • DAN DAN 髪が切られてく!?

 もちろん平安時代にも貴族以外の女性は髪を結っていたはずです。そのためなのかなぜなのか、貴族文化が替わられ近世中期あたりからは再び結髪がメインになります。ですがここでもまだ結うだけで、ロングヘアは女性の基本でした。

 ショートヘアへの変化はまず明治に起こります。明治新政府は様々な欧米文化を取り入れる中で、日本女性のヘアスタイルも洋風にしようと政策をとります。ここではまだ断髪には至りませんが、服装や化粧が変わり顔の近代化の起こった影響は大きいです。
 そして大正から昭和に移る時代、断髪の動きはモボ・モガによる髪のショート化・ウェーブ化としてはっきり見られます。外国映画や一部で洋服の普及した影響でした。また顔の美において目が大きなポイントとなるなど(切れ長の目から二重で大きな目へ)美の基準に変化が見られます。
 モボ・モガの影響で一気にショートヘアが普及するかと思われましたが、この流れは一度断たれます。第二次世界大戦の影響です。当時流行っていたパーマネント・ウェーブが外国風であると規制がかかり化粧品は贅沢品だと取り上げられたため、一度ファッションの動きはストップしてしまいました。
 戦後、ショートヘアの大衆化は1950年代に起こります。当時のアメリカ志向と映画メディアはファッションに強い影響を与えましたが、特に大きかったのがオードリー・ヘップバーンです。


ローマの休日 [DVD]

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 『ローマの休日』(1953)・『麗しのサブリナ』(1954)と主演したオードリー・ヘップバーンのヘアスタイルは、ヘップバーンカットと呼ばれ大流行しました。これをきっかけとして女性の髪型のショート化・自由化が一気に進んだと言われています。

  • 黒髪一党時代の終焉、そして復活

 1980年代には茶髪が広がり始め1990年代に入ってのブームで一気に大衆化します。また90年代中頃にはカラーの入ったコンタクトレンズも登場するなど、日本人は黒い髪で黒い瞳という伝統的な価値観が崩壊してしまいました。
 島森路子『広告のヒロインたち』では戦後から98年(広末涼子)までメディアに登場した女性のファッションリーダーを追っていますが、ここに登場する女性たちはみなショートヘアか肩よりやや下に届く程度で、ロングヘアの女性は見られません。


広告のヒロインたち (岩波新書)

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 2000年代に入って状況は変化を見せます。仲間由紀恵新垣結衣など代表的な女優・アイドルにも黒髪ロングが目立ちます。特に資生堂TSUBAKIがTVCMで日本女性の髪の美しさをうたい、ロングヘアの女優を多数起用したことは印象強いです。



 ここ数年はグループアイドルの勢いが強い時ですが、その中でも最大であるAKB48はほとんどのメンバーが黒髪であり、他にも黒髪ロングのアイドルも多数出てきています。一般の学生はまだ茶髪・ショートヘアが多いですが、この状況を受けての変化もあるかもしれません。

 続いてフィクション作品における黒髪ロングキャラクターについて見ていきましょう。今や現実の動きがフィクションに影響を与えるだけでなく、フィクションも現実に影響力を持っており、それらは相互に影響し合っています。いわば黒髪ロング2.0時代です。

 平安時代は垂髪が当然であり、長い月日を経て女性はショートヘアを選択するようになりました。こうした現実の動きはフィクション・サブカルチャーの女性キャラクターにも影響を与えます。
 80年代から90年代にかけての代表的な少女漫画『ときめきトゥナイト』の主人公・江藤蘭世は天真爛漫な黒ロン少女でしたが、以降の代表的な少女漫画を見ると黒髪・ロングヘアの主人公がほとんど見られません。蘭世にしても彼女が黒ロンであれたのは「吸血鬼と狼女を両親に持つ魔界の女の子」という特異な設定の効果もあったかもしれません(※「異なる存在」としての黒髪ロングに関しては後述)。


ときめきトゥナイト 新装版 1 (りぼんマスコットコミックス)

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 ショートヘア・茶髪が普及し髪型・髪色が自由化したことで、それを選択しないことに新たな意味が発生しました。元々艶のある豊かな黒髪は美の象徴でしたが、ここで黒髪ロングは知的・清らか・育ちの良さ・美人といったイメージを新たに獲得したと考えられます。しかしそれにより「普通の少女」の投身する主人公からは少し遠い存在となってしまったのかもしれません。
 例えば『ときめきトゥナイト』は2000年代に入ってのセルフリメイク作『ときめきミッドナイト』では蘭世が黒ロンでなくなり、98年から今まで続く少女小説シリーズ『マリア様がみてる』では黒髪ロングの小笠原祥子が主人公の憧れる気高い女性として現れます。
 ハイコンテクストな進化を見せるサブカルチャーでは、これより一歩進み、黒髪ロングはある種の「属性」を獲得します。ミステリアス・ビューティー性です。

    • ミステリアス・ビューティーの誕生

 平安時代の段で説明したように黒髪ロングは「顔隠しの文化」との相性がとてもいいです。ここに髪型・髪色自由化で黒髪ロングの得た知的・清らか・育ちの良さ・美人といったイメージが合わさり、フィクションにおいてミステリアス・ビューティーとして出てくることが多くなりました。昔これを属性黒ロンと呼びました(関連:属性としての「黒髪ロング」と、そこから読み解く物語 - 水星さん家)。
 この黒髪ロングのミステリアス・ビューティー性はサブカルチャーがゼロから創り上げたものではなく、大元は昔の伝承・民話などでこの世ならぬ美しい長い髪の女性が「異なる存在」として現れたことにあると考えられます。元々あったイメージが現実の動きを取り込み、形を変え新たに広がっていったわけです。
 ですがミステリアス・ビューティーの属性は黒髪ロング特有のものではありません。特に『新世紀エヴァンゲリオン綾波レイの影響は大きく、似た系統のヒロインを生み出しました。綾波レイ系のミステリアス・ビューティーが無表情で人工的な、SF的なものとすると、黒髪ロングのミステリアス・ビューティーは伝奇・ホラー・ミステリ的な世界と相性の良いものとして棲み分けがされているようにも感じられます。
 PCゲームの黒髪ロングキャラクターで今でも根強い人気を誇るものに『アトラク=ナクア』(1994)の比良坂初音・『月姫』(1999〜)の遠野秋葉の二人がありますが、両作品とも伝奇ジャンルで、やはりミステリアス・ビューティーとしての黒ロンと相性がよいものでした。


真月譚月姫 3 (電撃コミックス)

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 フィクション作品においては現実以上に髪型は自由です。フィクションキャラクターは現実にいないような髪の色・髪型も自由に選ぶことができます。
 しかしここに至り黒髪ロングがまだ生きていることは、それも『けいおん』の秋山澪、『まどかマギカ』の暁美ほむらと、今でもしばしば人気キャラクターに位置付けられることは我々に重要な視座を与えてくれます。
 すなわち黒髪ロングは決して失われることのない、素晴らしきものであると。その理由として一つ、ここまでふれてきた黒髪ロングのもつ豊富なイメージがあると考えています。

  • 「イメージしろ……黒髪ロングストレートを!」

 まとめ。現在の黒髪ロングキャラクターは主に三つのイメージを根幹に持ち、そこから派生して様々な属性やアイテム(例えば巫女服など)と結びついています。
 一つは伝統的な日本の「顔隠しの文化」を受け継いだ、内面の動きを外に出せないタイプ。一つは髪型・髪色自由化の中でイメージを得た、知的・清らか・育ちの良さ・美人といったタイプ。そして上の二つが合わさり昔から存在した「異なるもの」としてのイメージを転じ広めた、ミステリアス・ビューティーのタイプ。

 一方でこの三つに属しない黒ロンも少なからず存在します(例えば『とある科学の超電磁砲佐天涙子など、明朗快活タイプ)。現実に身近さを売りにしたアイドルに黒髪ロングが多いことも考えると、上の三つに属しない新たな根幹イメージがこれからの黒髪ロングに生まれることも考えられます。今回は簡単に黒髪ロングをめぐる歴史とそのイメージの変遷を見てきましたが、これだけを見ても黒髪ロングの可能性は無限ですね。

 つーことで黒ロン最高Q.E.D.


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