『さんかれあ』EDが映し出す礼弥の内面

 ちょっとだけアニメを見始めたのだけど『黄昏乙女×アムネジア』のOPが非常に動いていてすばらしい(髪が)。なんというかPVとして非常にかっこいいOPだ。今期は『黄昏乙女×アムネジア』『さんかれあ』『氷菓』が黒ロンアニメ三傑とみんな(みんな)言っていたが、これはアムネジアが一つ抜けているのでは……そう思っていた時期が俺にもあったのだけれど、いやいや『さんかれあ』EDすごいね。



 背景の白いOPと対比的に礼弥を囲う世界がはっきり鮮やかに描かれている点にまず目を引かれる。色彩がとてもきれいだ。だけどそれだけではない。ボウリング場という人が集まる騒がしい場を、礼弥は独りで歩いている。鮮やかな背景に生き物は何も映らず、レーンに堂々と寝転んでしまう礼弥を避けるように、まるでいないかのように球は行き来する。起き上がった礼弥は唯一人自分を見つけてくれる千紘の姿を確認し笑顔になる。

 歌詞にもあるがこれはきっと特殊な状況に置かれた礼弥の孤独感を示していて、その中でも千紘がいるから彼女はやっていけるのだと、そういうことだと思う。そう考えると千紘の顔まで見えずとも(影で)居ることが分かっただけで安心してしまうというのもすごくいい。

 同じく現在アニメ放送中である『黄昏乙女×アムネジア』も夕子さんも多くの人に姿を認識してもらえず、その点で「見える」貞一が特別な存在となっている(夕子さんが見えるのは貞一だけではないが)。

 ゾンビになってからの礼弥はすごく楽しそうで千紘もやや引くくらいだから、一見こうした孤独感はむしろ夕子さんに強いのではないかと思ってしまう。しかし礼弥がすごく楽しそうでいられるのは絶対の前提としてゾンビ好きな千紘がいるからであって、このEDはそうした礼弥の内面を、原作では見られない形で示している。作品の奥行きを持たせたと思う。

 こうした周囲と隔絶された孤独感や憂いといったものと、黒髪ロング少女は相性がいい。礼弥も夕子さんも陽気なタイプで、ゾンビや幽霊といった怖い・恐ろしいイメージを払しょくする明るさを振りまいているが、内面では陰も持っていて、もちろんそういうことも判った上で、時に明るく時に怖い彼女たちを見守るべきなのだろう。