樹海もグランドキャニオンもないヨコハマで少女は探偵を夢見る 『ふたりはミルキィホームズ』総括

 『ふたりはミルキィホームズ』の12分で会社の12時間を耐え忍ぶ人生だった。


  • 樹海もグランドキャニオンもないリアルなヨコハマ

 ミルキィシリーズの舞台はご存じ偵都ヨコハマだが、『ふたりはミルキィ』では公園やランドマークタワーなど実在する横浜市をモデルにした造りが見られるという違いがあり、ちょっとヨコハマの領土が広すぎた前シリーズやどこでもどんな形でもコラボできる自由さが売りのミルキィとしては異例である。
 そもそもミルキィの舞台を選ぶに際しなぜヨコハマが選ばれたかと言えば、別にヨコハマでなくてもよかったのだが、唯一「港がある町がよかった。神戸と横浜で迷った」といった内容が製作側のインタビューにある。
 港町は外との交流が盛んで異文化との融合が見える。実在の神戸市や横浜市が異文化的な建物などがあることからもそれはうかがえる。『ふたりはミルキィ』の偵都ヨコハマにしてもフランスから怪盗がやって来たりどこへでも行ける流れ者のような怪盗たちが集まってくる。そこで表に出るのが怪盗の多様性だ。

  • 怪盗もひとつ!じゃない!!

 思い返せばアニメ1期2期。偵都ヨコハマの、ミルキィホームズの相手となる怪盗と言えば、そのほとんどが怪盗帝国であった。そして怪盗帝国は怪盗アルセーヌの元忠実な部下達が束ねられ、怪盗の在り方という点では多様性に欠けている。
 対して『ふたりはミルキィ』では実に様々な怪盗たちが現れる。怪盗である理由も様々。美学を重んじる者、大切な人を支える者、おもしろさ重視……。1話の引きでは「探偵と怪盗との慣れ合いなど言語道断」と叫ぶ怪盗集団・カラーザファントムが登場する。そしてこのカラーザファントムの中でも怪盗性(音楽性のようなもの)は異なるのだ。

  • 怪盗について語るときに探偵を語ること

 多様な怪盗を語ることはすなわち探偵を語ることにもつながる。探偵も怪盗も同じトイズを持つ者だからだ。事実『ふたりはミルキィ』では探偵を諦めた怪盗が現れ、フェザーズの二人も怪盗に誘われる。これはあくまで怪盗である自分の宿敵として探偵であることを求めたアルセーヌとは異なる。
 怪盗であるカラーザファントムから「いつか必ず探偵を諦める時が来る」「あなたのトイズは怪盗向きね」などと言われたり、実は肉親が怪盗であったりとフェザーズをめぐる怪盗事情はすさまじい。こうした環境下で怪盗ではなく探偵であることを選ぶこと。探偵である自分を信じること。探偵になること。それが『ふたりはミルキィ』の物語である。
 そしてこれが『ふたりはミルキィホームズ』というタイトルでありながら二人がずっとフェザーズとして独立して活動を続けた理由だろう。最終話、憧れのミルキィさんに「あなたたちは探偵なんだから」と認められ、二人はミルキィホームズの一員となる。身内だからダメダメな姿も見せてしまうミルキィさんが微笑ましい。

  • そして再びヨコハマ市

 11話。カラーザファントムに呼び出されランドマークタワーに赴いたフェザーズは、警察や探偵、そして怪盗と様々なヨコハマ市民共に助けられる。怪盗帝国に助けられたフェザーズはなぜ怪盗が自分たちを助けてくれるのか疑問に思う。それを聴いた怪盗アルセーヌは「それを考えるのも探偵の役目」と言い去っていく。
 多分、いろいろな怪盗がいるということだ。カラーザファントムも一枚岩でなし、おとーさんとおにーちゃんも仲悪い。そうした多様な怪盗を包むヨコハマ。そういうヨコハマっていいよね。それがアルセーヌの言いたかったことではないか。怪盗だけではない。探偵も警察も探偵機構も。いろんなヨコハマ市民がいる。そういうヨコハマ市民を見て、十津川も「ヨコハマもおもしろそうじゃない」とヨコハマ在留を決める。1話のカズミが言っていたように怪盗を殲滅するのではない。表裏の存在である探偵と怪盗がそれぞれに在る。それが「ヨコハマの平和」なのだ。