吉住渉10年ぶりに中学生を描く『ママレード・ボーイ little』

 吉住渉さん10年ぶりの女子中学生作品はなんと代表作『ママレード・ボーイ』の続編。



  • 小学生でも高校生でも!ない!!


 吉住渉さんの中学生ものが大好きです。中学生は高校生とは違って、とても初々しい。
 小学生でも高校生でもない、中学生を描くのって難しいと誰か言ってた覚えがありますが、とりわけ少女漫画において中学生と高校生の違いは恋愛経験値の差として現れると思います。高校生の恋愛は程度の差があれ経験やそれによって培った技術のようなものが見えますが、中学生は恋愛、対人的なことだけでなくいろいろ全てが初めてで慣れが見えない。そういう初々しさです(※逆に高校で初々しい恋愛ものをやろうとすると周りより経験値の低い理由付けが要るようになってそういう作品例もいくつか浮かびます。というかそういうのができるから中学生ものが減ったんでしょうねここまで余談)。

 タイトルこそ『ママレード・ボーイ little』とありますが、『ママレ』自体は高校生もので、しかもこの『little』は同じ家で育った中学生の男女(姉弟ではない)が主人公ということで、むしろ『ミントな僕ら』を想わせます。『ミントな僕ら』が大好きなんですよ私は。

 『ミントな僕ら』は同じ家で仲良く育った双子の姉が中学で恋に目覚め、憧れの男性を追って転校。それを弟が追いかけるというのが話の始まりです。いつも一緒だった姉・まりあが急に離れていくことへの不安が弟・のえるにはあります。このへん一般的に言われる女性の方が男性より精神成長が早い説の通りです。

 『little』は逆に弟の方が精神成長が早く、「姉」のつもりでいたのに実は何も知らない、いつの間にか「弟」に置いていかれるという不安が立夏にはあります。立夏はそういう、同年代と比べても幼い、「顔と態度に出て」しまう子です。

 中学生になって、初めて恋もして、目まぐるしく変わっていく世界に立夏は毎度驚きます。実に4ページに1回くらい。その子どもの頃の新鮮な驚きや感覚がとても懐かしい。


  • コドモの世界!だけじゃない!!


 今年大ヒットした朝ドラ『あまちゃん』では親子3代のストーリーとすることで幅広い視聴者から好評を得ました。『little』も立夏や朔たち中学生だけでなく、仕事とか結婚とかなんか難しいオトナの世界も見られます。近くで見ている立夏や朔も「なんとなく」それを感じています。そのオトナというのがかつてのコドモ、今やアラサーな『ママレ』の面子のドラマなのですから、前作を知っている身としてはおもしろいし、同時に話の奥行きも感じます。
 掲載誌のCocohanaはターゲットがアラサーな雑誌で、年齢意識し始めてこじらせたりなぜか急にステキな彼が現れたりする漫画がよくありますが、その中で立夏たちの新鮮な感覚と『ママレ』光希たちのその後を楽しめる『little』の存在は貴重でうれしいものなのではないかとアラサー女子に替わってそう思います。
 吉住渉さんは数年前まで少女漫画誌からより対象年齢の高い女性誌へと移りオトナを主人公の作品を描いていましたが、昨年完結した『ちとせetc.』で再び少女漫画誌に戻ってきました。オトナ世界とコドモ世界の両方を描く、これはそうした経歴の集大成とは1巻の時点で言うにはやや早いかもしれませんが、少なくとも新しい面です。そういったわけで『little』の今後が一ファンとして非常に楽しみです。


  • 奇抜な設定!だけじゃない!!


 最後に。吉住渉作品において共通するのが、放任主義で子どもの恋愛に対して積極的な親の存在です。吉住渉さんの少女漫画において親が障害になるような展開は、実は『ママレ』で見られるくらいです。
 放任主義で自分たちも自由に暮らしている両親。その分かりやすい例が『ママレ』(と『little』)の両親で、2家族同居という突飛な設定はその象徴としてあります。
 こうした家庭で育った子どもですからみんなちょっとおかしくなってます。でも多かれ少なかれおかしくない子なんていない。そうしたおかしさに対してもよくあることとしてふんわりと流れていく。その軽さ心地よさが吉住渉作品の良さです。そして今回その子どもには光希や遊ら『ママレ』の面子も含まれます。
 自由な家庭で育った子どもの成長。それを2つの世代で見ることができるのが『ママレード・ボーイ little』です。『ママレ』読んでない方でも全然おもしろいはず。