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今週の黒ロン:『マホロミ』

 『マホロミ』はおそらく2010年代を代表する黒ロン漫画となるだろう。

 その意味合いとしては2つあって、1つは作者である冬目景先生が最強の黒ロン描きであること。そしてその冬目先生の過去作から見て『マホロミ』はそれらをうまく調和した作品であることだ(後述)。

 もう1つは単純に2010年から始まったこの漫画が2010年代の内に完結するだろう(と私が考えている)こと。過去に色々始めた作品をさんざ投げっぱなしにしてきた冬目先生の「前科」をご存知の方からすれば何が「単純に」だというところだろうが、それでも『マホロミ』は年1冊ペースを保ち、だけでなく後書きや後書き漫画、3巻に至っては設定資料めいたものまで付けている。
 ここ、「え、それ当たり前じゃね?普通の漫画はそうじゃね?」と思った貴方、いい機会なので冬目先生の過去作を読んでください。おもしろいぞ。



 『マホロミ』は最新3巻までで序盤の一区切りといったところだ。

 2年生となり土神を始め学生たちの世界は目まぐるしく回る。講義・イベント・寮生活・バイト・趣味………。そこで描かれる楽しい学生生活は冬目作品の中でも明るい系あるいはコメディ系のそれで、何ら不穏な空気を感じない。

 その一方で真百合さんの世界は祖母の死からずっと止まっており、彼女の目は常に過去に向く。断片的にしか語られない土神の祖父との記憶を引きずっており、そのせいか「淋しそうに笑う」。そこには冬目作品でも暗い系・シリアス系の空気を感じる。

 最新3巻ではこの2つの世界の隔絶、その距離が露わになったように思う。
 それは久し振りに土神と真百合さんが会ったときの会話にも表れている。

「学校のほうも忙しかったから…2年生になるとやっぱりね。真百合さん、元気そうでよかった…」
「わたしは相変わらずです。」



(相変わらず美しい黒ロン)


 しかしこの話は「かわいそうな」女性を救済する、という方向へは向かない。

 読めば分かる通り、時間が止まっているのは何も真百合さんだけではなく、土神も他の学生も大人もみんな同じだからだ。そして建築物さえも過去の記憶に縛られている。

 そうして並列化された彼らが、ゆっくりと進んでいくところに、冬目景作品に共通する優しきモラトリアムを感じる。そういう意味でこれまでの冬目景ワールドがうまく調和した良い作品と思う。

 連載期間も内容もザ・モラトリムな『イエスタデイをうたって』と比べれば、周りが進む中で置いて行かれるあるいは自分たちのペースを保つ『イエうた』に対して、『マホロミ』は抱えたものが大きな者も小さな者もみんな同じという感じを受ける。モラトリアムがテーマめいている『イエうた』に対して『マホロミ』はそれが前提になっているというか。


 さて始めに外界と隔した生活をする真百合さんの時間は止まっていると言ったが、土神と関わり、建物の記憶を探る中、真百合さんも1人で居ればできない様々な出会いと経験を積んでいく。それがすぐに彼女の時を動かすことにはつながらないにしても、土神が、また卯がそれを動かしたいと感じたことは、この作品における大きな動きで、始まりなのだと思う。

 真百合さんの止まっていた時が動き始め、淋しい笑顔が消えるとき、2010年代の新たな黒ロンが生まれるのではないか。時間も連載も止まらないに越したことはない。