『からかい上手の高木さん』で最悪死ぬぞ

 『からかい上手の高木さん』。いやー危険な漫画だねーと、ちょっと読む手を止めてしまった。「いやー危険な漫画だねー」だなんて、突き放して距離をとらないと危険と察したのだ。

 何が危険か?

 お話は至ってシンプル。隣の席の高木さんはいつも西方くんにちょっかいを出してくる。西方くんは逆にからかって恥ずかしい思いをさせてやる、と意気込み、そして結局は今日も高木さんにからかわれてしまいます。



 これ、中学生の当人たちは「からかう」のつもりなんだろうけど、これを読む大人は「からかう」じゃなくて「遊ぶ」なんだとわかる。

 隣の席の可愛い女の子が自分と遊んでくれる。ひじょーに、ノスタルジーを刺激する漫画です。もちろん、貴方は私はこんな体験していない。いや、もしかしたら貴方はしたかもしれないが、私はしていない。

 毎日のようにからかわれていたわけでもないだろうし、隣の席でなかったかもしれない。茶髪ロングじゃなくて黒髪ロングだったかもしれない。いや、それはそっちの方がいいんだけど。

 ただ、それに近い体験はしていた。

 毎日ではなくたまたまクラス委員が一緒になったある時期だけだったかもしれないし、隣ではなく斜め前の席から、1対1じゃなくて他の女子と一緒に、だったかもしれない。茶髪ロングじゃなくて黒髪ロングだったかもしれない。いや、それはそっちの方がいいんだけど。

 大人になるとお金を出さないと、あるいは出しても可愛い女の子とは遊べなかったりしますが、子ども、特に小学生くらいの頃は、1日を1クラスの中で過ごす制約からか、まだ色んなことを知る前で「大人の対応」を知らないからか、その後人生で全く関わらなくなるようなクラスのいろんな女子と関わりをもてます。後々ミスキャンパスになったり、あるいは不良になったりするような子でも、小学生の頃は普通に話していたはずです。

 そういった誰しもあるような西方くんに近い経験。『からかい上手の高木さん』はそれを誇張して、我々のノスタルジーを刺激してきます。それは他にも似たような漫画はたくさんあるでしょう。でも『からかい上手の高木さん』は子どもの目線で描かれているのがとてもうまい。だから余計に刺激が強いのです。
 からかうネタや考えること、言うことや言おうとして言えないことも、みんな子どもらしい。女子は男子より心の成長が早いというから、あの頃女子の目から見た自分はこんな子どもっぽかったんだろうなーなんてことまで思ってしまう。ほら「自分」って使っちゃったよ今。

 世の中には「こんな青春、俺にはなかったな……」で死にたくなる人がいるそうですが、ぼくは「こんな青春、俺にもあったんだな……」の方がひどいと思います。だってなかったもんは他人事だし後悔しようがないけど、あったことを過ぎたことで仕方ないと捉えるのには、ちょっと強さが要る。

 ただ、なかったんですよ。何度も言うように。こんな体験、貴方も私もしてなんかない。してないんだから、この漫画で死ぬようなことはない、ないんだ………。


 などと書き連ねていたら落ち着いてきたのでまた読み始めます。