染めた髪を黒髪ロングと呼んでいいのか問題について

 ぼくが『王とサーカス』とかいう黒ロン小説を読んでいる間に、Twitterで「地毛が茶のロングヘアーの人が黒に染めた場合、それを黒髪ロングと呼ぶのは有りか無しか?」という髪学論争が起きていて、例によって流れに乗り遅れてしまったのでブログの方に見解を書き置きます。

 ぼくの見解ですが、「有」で。容認ではなく積極的な「有」を入れます。

 染髪批判を検証することで理由を書いていくと、まず染髪批判には二種類あると思っていて。
 一つは染髪は髪を傷めるからダメという意見。
 もう一つは染髪はウソである(元の髪の色が絶対である)という意見。

 前者から検討していくと、まず髪を傷めるのと黒ロンかどうかとは別問題ということ。
 仮に痛んだ髪は黒ロンではないとするならば、染髪だけじゃなくて他の髪を傷めそうな行為、ドライヤーとかシャンプーとかにも制約が出てくるはずだし、ぼくはそこまで原理主義者にはなれんなーと。
 なんで、黒に染髪することで髪を傷めているかもしれないけれど、それと黒ロンかどうかは別と考えます。

 続いて後者。確かに染髪した元の髪の色とは違う。でもこれも、じゃあ元の髪の色って何?という疑問が生じる。
 生まれてから死ぬまでずっと同じ髪の色の人はいないと思うし、生活や環境が変われば「元の髪の色」も変わってしまう。なんで、この「元の髪の色」に拘るのもシビア過ぎる。

 以上まとめると染髪批判は突き詰めれば茨の道なので、染髪でもいいじゃない黒ロンだもの(みつを)と考えます。

 ここまでは容認の意味での「有」の理由。
 積極的な「有」としたのは、そもそも髪を染めて黒ロンになりたいという意志が非常に素晴らしいもので、その精神をぼくは黒ロンと呼びたいぞ、ということ。



 「黒ロンとはある個人を意味するのではなく、ある時ある人とそれを見る人との間に生まれるある種の状態のようなものである」とはナンシー関森博嗣か俺が言った言葉ですが、まあそんな感じでお茶を濁して終わります。


王とサーカス

王とサーカス

『王とサーカス』、『さよなら妖精』の太刀洗さんが出てくる黒ロン小説ですぞ。