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『響 ~小説家になる方法~』の巧みなミスリード(ネタバレなし)

 今号のビックコミックスペリオール掲載『響 ~小説家になる方法~』第32話「絶縁」が素晴らしい。巧みなミスリードが見事にはまった回で、「あんなに前からだまされていたのか!?」というミステリ作品の叙述トリックに似た快感を得られる。そして月曜日ジャンプを読んだ中学生のようにネタバレ会話したくなるのだ。


(※一応ネタバレ避けて書いてますが、勘のいい人にはノイズになるので読まない方がいいです)



 『響 ~小説家になる方法~』はいろんな方々がそろって「2巻まで読んだ方がいい」と言う通り、2巻のアレは本当にすごい。



 第32話も同じタイプの技が使われていている。「どっちだ?」「両方」という会話がトリガーで、「両方」がまさかそっちの意味での両方だとは思わなかったことで、読み手は作者にミスリードされていたことに気づく。気づくのだが、気づいて振り返ると、この誘導がかなり前から行われていたという作者の巧みさにも気づく。


 ある程度フィクションのパターンを抑えた読み手は、少し推測の材料がそろうと「なるほど。(よくある)ああいう展開でこの後ああなるのか」などと展開の先読みをしてしまう。そしてそれを否定する材料が出てくるとパターンを外された新しい作品ということで興味を強める。そのため作品がパターンを外すのであれば、それが分かる手がかりは早めに提示するものということまで含めて、分かっている。それはつまり決定的なパターン外しを示唆されない限り、自分が先読みしたパターンの展開に作品が乗っていることを疑わないということを意味している。
 『響』の場合はすぐにパターン外しを提示しない。引っ張って引っ張って読み手がパターンに乗っていることに疑いもなくなった頃に、若干否定的な材料(しかし決定的ではない)を見せる。しかしその頃には読み手はすっかり騙されているから疑いもない。ここで否定的な材料を疑えないのは、読み手がメタ視点にあることも要因だろう。

 読み手はメタ視点で見るために、キャラクターの行動に自分の読み方と異なる部分が出ても「メタ視点にいる自分が先読みした展開に沿った進み方が正しくて、このキャラクターは何らかの理由でウソをついているもしくは勘違いしている」と思いがちだ。

 2巻のアレで言えば、響自身は真実が明らかになる少し前から「本当の事」を言っている。そこに気づけないのは先読みしたパターンに疑いがなくなっていることに加え、読み手はメタ視点にいるという油断がある。


①フィクションのパターンを抑えた読み手は、パターンに沿って展開を先読みする。決定的に否定する材料が出てこない限りはそれを信じる。否定材料のないまましばらく進むことで(明らかに書かれていない)それがまさか前提のように考え、他のパターンを疑えなくなる。
②読み手がキャラクターと比べてメタ視点にあるために、実際はどちらともどとれる言動をしても、どちらかに違いないとして読んでしまう。


 まとめると『響』のミスリードは上の2点の合わせ技である。
 そしてそうした巧みなミスリードは一瞬の快感に終わらない、普通のパターンを外されたことで衝撃的な展開となり、さらに先の展開への興味を強めるのだ。小説家という地味な題材の漫画で、画や画面演出にも決して派手さはないが、中学生にとっての月曜日のジャンプのように続きが気になるのはこうした技術に依るものと思われる。