ラブコメ作品をどうやって長期化させるか問題

  • 週刊連載の長編漫画は難しい

 漫画の長期連載、特に週刊誌連載は(雑誌の方針によって程度の差はあれど)人気があれば長期にわたって続き、なければ短期で終わる。それは著者本人も物語の長さの想定が困難であることを意味する。

 今描いている話があとどれだけ続くのか分からない以上、漫画は基本的に始めから終わりまでを全て考えた上で描かれることはない。かつ毎週コンスタントに描き続けなければならないために、連載中に考える余裕も十分にはない。
 そのため週刊漫画誌の長期連載においては、完結して改めて振り返ると回収されず残った伏線があったり、過去の描写や設定と現在のそれに矛盾が出たりするのが、むしろ普通だ。

 毎週毎週の面白さとストーリー全体の満足度(や整合性)を両立させるのは困難であるということだ。そんな環境で数えきれないほどの名作が生まれ、人々に影響を与えているのは、改めて考えるとものすごいことである。


 上記は全ての長期連載(特に週刊連載)漫画について言えることだが、そのなかでもラブコメと呼ばれるジャンルでは特に長期連載の難しさを感じることが多い。

 ここでは一旦「ラブコメ」というジャンルの定義をしないが、それでも「ラブコメ」作品がそれ以外の長期連載と比べて明らかに短いことはご理解いただけると思う。
 例えば今まさに週刊少年ジャンプで完結を間近にしている『ニセコイ』は同誌のラブコメ作品で歴代最長だが、それでも既刊24巻。同誌の他ジャンルの人気漫画と比べれば明らかに短いことが分かる。

 短い。確かに短い。にも関わらずラブコメ作品は中だるみやマンネリを叫ばれることが多い。なぜか?

 冒頭に書いた通り、週刊連載の漫画は著者の想定外に長期化する。
 それに対し一般的な漫画であれば想定外に長期化したとしても、「物語の終着点」を「開始時点で明らかにされている物語の終着点」からシフトすることができる。またその手前に途中目標を設定することで、「開始時点で明らかにされている物語の終着点」を(読者の感覚的に)より遠くさせられる。

 例えば高校へ入学した主人公が野球部に入り、甲子園を目指す話があるとする。この場合、途中で人気が出て想定外に長期化したとしても、甲子園に出場して当初の目標を達成した後、今度はプロ野球選手を目指すなど次の目標を立てられる。また甲子園出場を目指す過程で、因縁のライバル校ができ、そこを倒すことを途中目標に設定することもできる。

 ところが同じことをラブコメでやるのは非常に難しい。

 前提としてラブコメでは「開始時点で明らかにされている物語の終着点」が「主人公AとヒロインBが付き合うこと」である。そしてこれが、最終的な物語の終着点でもあるケースが圧倒的に多い。

 それは次の目標、例えば「結婚」が読者にとってあまり身近に感じられないことで避けられているのかもしれない。またドラマの作りにくさもあって、恋愛を扱ったものは多いが結婚となると極端に少なくなるというのは、漫画に限らず小説や映画においても同じことが言える。

 では「結婚」以外で「主人公AとヒロインBが付き合うこと」の次の目標を設定できないか? お付き合いするなかで互いの関係を強めるというのは、いかにもありそうな、実際あることだ。結婚までは到達しなくとも、その手前の途中目標は設定できるはずだ。

 結論から言うと、あくまでぼくの考えだが、ぼくの考えでは、それをやると恋愛漫画であってラブコメではなくなる。

 先ほど後回しにしたラブコメの定義の話に移る。ラブコメとは「魅力的なヒロインと仲良くなる過程や生活を共にする日常」というドリーミーなフィクションを提供するものだからだ。個人的な定義かもしれないが、なんとなくある程度はご理解いただけるものと思っている。
 要するに「主人公AとヒロインBが付き合うこと」の過程にこそラブコメの醍醐味があり、次の目標設定は困難である。


 ではもう一つのやり方。「主人公AとヒロインBが付き合うこと」の手前に途中目標を設定するのはどうか?
 付き合うことの手前。つまり互いをよく知ることや仲良くなること。ステップを経てから関係ができるのは自然なことで、実際これはほとんどのラブコメでやっている。
 この手法の問題としては、これだけでは物語をそこまで長期化できないことだ。
 ゆっくりと少しずつ関係を良くしていく漫画を見たい人は少なくないはずだが、ゆっくりと少しずつ関係を良くしていく週刊連載の漫画は、読者の退屈やマンネリといった懸念を抱える。どこかしらかで急展開がほしいところだ。

 ラブコメの急展開はヒロインBとは別のヒロインCの登場によって作られる。主人公AとヒロインBが途中目標のステップを経て、ゆっくりと少しずつ関係を良くした後、急に登場したヒロインCが主人公Aと接近することで、主人公AがヒロインBとヒロインCの間で揺れる。そのドリーミーなフィクションな日常こそラブコメの醍醐味であり、そこに恋愛漫画とラブコメの差があるとも言える、はずだ。

 ここに至り「開始時点で明らかにされている物語の終着点」は「主人公AとヒロインBが付き合うこと」から、「主人公AがヒロインCではなくヒロインBと付き合うこと」に変わる。それによって「主人公AがヒロインCを選ばないこと(もしくはヒロインCが主人公Aから離れること)」という途中目標ができている。

 しかしこの途中目標は早々に達成されず、むしろ物語の終着点にかなり近いところでようやく達成される。
 その理由は「主人公AがヒロインBとヒロインCの間で揺れる。そのドリーミーなフィクションな日常こそラブコメの醍醐味」だからだ。早々にヒロインCが離脱してはフィクションな日常を楽しむ読者のテンションが下がる。
 また「主人公AがヒロインCを選ばないこと(もしくはヒロインCが主人公Aから離れること)」を達成した後に、「主人公AとヒロインBが付き合うこと」の達成に時間がかかっては、それこそ読者が退屈やマンネリを感じてしまうために、途中目標達成後の物語をあまり長くすることができない。

 こうしてラブコメは、「魅力的なヒロインと仲良くなる過程」や「好意を抱いて近づいてくる複数のヒロインたちとの日常」といった、読者の退屈やマンネリと隣り合わせの醍醐味を抱えながら、続いていく。

 要するにラブコメの長期連載が困難な理由は、その面白さが長期連載と相性が悪いことにある、と考えている。


  • ブコメの長期連載を成功させたい

 ジャンルというのは伝統的なフォーマットであり、常に「今の」感覚で何かしらのアレンジを加えながら枠組みの中で新しい作品が生まれている。ラブコメにおいても様々な形で挑戦が見られる。

 例えばBやCよりはAに好意を抱いていないヒロインDを登場させること。これにより「好意を抱いて近づいてくる複数のヒロインたちとの日常」の醍醐味を増しつつ、ラブコメ的重要度の低いヒロインDを選ばない途中目標を、物語の終着点よりもかなり手前に持ってこれる(もしくは省略することもできる)。

 新規キャラクターの追加は読者の目を引き展開にメリハリがつくために、ジャンル限らず長期化に際し多くの作品で取られる手法だが、「好意を抱いて近づいてくる複数のヒロインたちとの日常」という醍醐味のラブコメとは相性がいい。

 しかしこれもラブコメと長期化の相性の悪さに対する根本的な解決にはならない。


  • 事例研究:ラブコメの長期連載を成功させるために

 ラブコメの面白さは長期連載と相性が悪い。であれば、他ジャンルの要素を組み合わせることでその問題は解決できないか?



 主人公AとヒロインBが一緒に何かに取り組む中で関係を強める。その「何か」を中心に置くことで、恋愛以外の観点で「主人公AとヒロインBが付き合うこと」の次の目標が設定できたり、また「主人公AとヒロインBが付き合うこと」までの途中目標が設定できたりする。


 週刊少年サンデーで連載していた『神のみぞ知るセカイ』は、恋愛ゲーム要素を採り入れ、多数のヒロインのそれぞれと付き合うことを途中目標に設定したショートエピソードを連続した。さらに続けて恋愛とは別の目標を設定した物語を長期展開させ、ラブコメとして完結させた。



 月刊ビッグガンガン連載中の『ハイスコアガール』はゲーム好きの主人公とゲーム好きのヒロインのラブコメで、ゲームが両者を結びつけている。ゲームで強くなることがヒロインとの関係を強めることにつながっているために、ゲームに関する物語展開が続いても恋愛的な進展がないことの間延びを感じさせない。



 週刊少年ジャンプで連載していた『To LOVEる』は「主人公AとヒロインBが付き合うこと」が「開始時点で明らかにされている物語の終着点」でない例だ。
 主人公には気になる特定のヒロインがいるが、彼女との恋愛的な進展はこの漫画において重要視されておらず、むしろ「好意を抱いて近づいてくる複数のヒロインたちとの日常」という醍醐味が続くことがこの漫画の目標地点でもあるように見える。永遠の日常。終わらない日常のラブコメ版。
 実質的な続編である『To LOVEる ダークネス』ではヒロインの1人を主役ポジションに置くことで、主人公ヒロイン間の恋愛関係以外のメイン要素を作っている。それも彼女の目的が主人公のハーレムを作ることであるために、「終わらない日常のラブコメ版」を続けながらも、主人公ヒロイン間の恋愛関係以外の物語目標を進行させている。



 週刊少年サンデー連載中の『初恋ゾンビ』は、ぼくが今一番気になっているラブコメ漫画だが、これは主人公とヒロインが一緒に他人の恋愛上のトラブルを解決することで互いの関係を強めていく。主人公とヒロインが一緒になって取り組むことがこれまた「恋愛」であるために、2人の恋愛的な進展が分かりやすい。
 また主人公とヒロインの認識に大きな差があり、「主人公AとヒロインBが付き合うこと」の達成が、現段階では困難である(=物語の終着点が遠い)ことが読者にも共有されている。



 週刊少年マガジンで連載していた『スクールランブル』はコメディ要素の方が強いラブコメ。群像劇色が強く、様々なキャラクターの片想いや空回りが中心となっている点で『To LOVEる』と同じく、主人公ヒロイン間の恋愛がメインでない作品だ 。
 群像劇として新規キャラクターを増やすことで回したり、各回で劇画調になったり恋愛色が強くなったりとメリハリをつけることで長期展開させ、毎回が10P前後のショートストーリーで構成されているにも関わらず、全22巻の長期にわたる連載を達成した。



 週刊少年マガジンで連載していた『この彼女はフィクションです。』はヒロインBの設定が面白い。ヒロインBがフィクションの実体化したものであることから、「主人公AとヒロインBが付き合うこと」が困難な到達点であることが読者にも分かる。
 ラブコメの長期連載についてはヒロインC(主人公に選ばれなかった方のヒロイン)の扱いをどうするかという点も大きなポイントになるが、ヒロインBとCの立場が異なることも利用してうまい落としどころにまとめたと思う。全4巻だがもう少し長期化できたはずで、してほしかった。


この彼女はフィクションです。(4) <完> (講談社コミックス)

この彼女はフィクションです。(4) <完> (講談社コミックス)


  • 結び:ラブコメの長期連載を成功させるために

 他ジャンルの要素を組み合わせることでラブコメの長期連載は可能になるが、他ジャンルの要素がメインになりすぎると、今度は「ラブコメと言うよりは~漫画」と捉えられてしまう。スポーツ漫画に多少のラブコメ要素を加えた作品が長期連載になったとして、それはラブコメの長期連載としての成功ではない。

 ラブコメ漫画でありスポーツ漫画でもあるというのはもちろん成立することだが、ラブコメの要素を活かして長期化させることで、より面白くなる例だってあると信じている。と言うか、事例研究で例に挙げた作品は全てそこに該当すると思っている。



 ラブコメの長期連載という困難への挑戦と、そこから生じる新たな可能性を信じたい。