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今年の黒ロン:『みわくのあくま』

今週の黒ロン

(※忙しくて告知が出せませんでしたが、9月6日黒髪ロングの日にちなんだ、今年の黒ロン更新になります)


comic.pixiv.net


 『みわくのあくま』の上段世志子さんはクールな見た目に反してとんでもなくドジで、信じられないほど走るのが遅くて、運動神経も悪い。それでも、何をやってもみんなから好かれる彼女の悩みは、その何をやってもみんなから好かれてしまうことにこそあって、実はそれは幼いころ彼女にとりついた「魅魔」の仕業なのであった。


みわくのあくま (クロフネコミックス)

みわくのあくま (クロフネコミックス)


 世志子さんが好かれるのは何も男の子からだけではない。孫と祖父くらい歳の離れた教師からも、同性からも、鯉や熊といった人間以外の生物からも、果ては宇宙人からも、世志子さんはモテてモテてモテまくる。

 それは一見ハッピーなことのように思えるが、世志子さん自身はそのせいで、みんなの気持ちが信じられなくなってしまっている。常に周りを疑い、魅魔がいなければ自分が好かれることもないと、自らも貶めてしまっている。

 物語は世志子さんに魅了された少女・純が、魅魔を祓っても世志子さんが好きでいられればそれは本当に違いないと、その証明のため行動することで動き始める。純のアグレッシブな行動により、魅魔の影響で無理やり世志子を好きにさせられていた人たちが元通りになっていく。それを見て徐々に世志子さんの意識に変化が生じる。

 魅魔の有無に左右されない、2人の少女の絆が証明されることで、この物語は終わりを迎えるが、読んでいて思い出したのは栗山千明さんのことだ。

 12歳のとき『神話少女』という写真集を出した栗山さんは、さすがに世志子さんほどではないだろうが、熊からモテるくらいは普通にあり得そうな、怪しく危険な魅力を放っていた。

 現在はそれが落ち着いて女優としてモデルとして活躍されているが、それは彼女の魅力が失われたというわけではなく、人が生きることはある程度型にはまることであって、理解できないアンバランスな状態に対する畏敬の念のようなものが支えていたかつての栗山さんの魅力が、身体的精神的な成長に従って徐々に理解できる形に収まってきた、ということなのだと考えている。

 魅魔がとりついているかのような怪しげな魅力は、もう世志子さんにも栗山さんにもないけれど、その代わりに彼女らは活き活きと生きることができ、個性的に活動を続けている。それによってかつてとは異なる輝きを放つ彼女らを見て、かつての少女は死んだとかピークを過ぎたとか言うのはあまりに無粋で、今を見ていない発言ではないか。

 魅魔を祓って平穏な日常を取り戻した世志子さんが純と新たな歩みを始めるところで物語は終わるが、その先にはきっと新しい世志子さんが待っているはずで、超常的な力が失われたからと言って彼女の価値が下がるなんてことは全くないのだ。

 世志子さんのように異常なまでにモテてしまう怪しげな魅力も、それが失われて活き活きと生きられるようになった魅力も、黒ストレートロングが輝く未来を、ぼくは両方見たいと思っているのだ。