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『禁じられたジュリエット』 ミステリの存在する意義

 古野まほろ『禁じられたジュリエット』読んだ。古野さんの長い警察(体制側)キャリアと本格ミステリへの強い拘り、そしてガジェットに対するフェチズムがなければとても書けなかっただろう大作。どすげえ。Kindleストアで今安い。


禁じられたジュリエット

禁じられたジュリエット

 『本格ミステリとは何か?』というテーマを、真正面から採り上げてみてはどうだろうか? というか、それができるのはあるいはすべきなのは、このメモリアルイヤーを措いて他にないのではないか?
――そんな思いつきから、そして、ほんとうにちょっとした使命感から、『禁じられたジュリエット』はできました。
 本格ミステリの意味をとらえるためには。
 本格ミステリのない世界を考えればいい。
 そんな世界では、いったい何が起こるのか。あるいは何も起こらないのか。人間と社会にとって、そして『あなたと私』にとって、本格ミステリとは何なのか? それを、本格ミステリそのもので表現してしまおう。評論でも哲学でもなく、小説のかたちで、書き手がやってしまおう――
『禁じられたジュリエット』古野まほろ|講談社ノベルス|講談社BOOK倶楽部


 「ある罪」を犯してしまった女子高生6人が更正プログラムという名目で反省室に収監され、囚人となる。教師の指示により看守にはその同級生2人が指名される。
 始めこそプログラムを早く切り上げられるよう協力し合うよう決めた8人だが、それまで友達同士であった彼女らを、立場は状況は狂わせていく。

 6人の性格・特徴からそれぞれに合ったアプローチを取って「転向」を強いる看守の手腕は、女性同士のぎすぎすした関係を超えて惨く、悲しい。

 6人の犯した罪は、現政権下で退廃文学として禁書となっている「ミステリ小説」を読んだこと。

 看守の拷問に耐える囚人たちには、正義とは? 体制とは? と言った問いかけが幾度もされるが、それと同じように「ミステリ小説」とは? 「本格ミステリ」とは? という問いかけも同じレベルにある。

 それは本格ミステリ定義論などではなく、もっと本質的な、本格ミステリの存在する意味を問うものである。アクチュアルな価値がない、現政権下では害悪でしかなくなった本格ミステリはなぜ必要なのか。

 責め苦に耐えながらその解答を模索するが、そう簡単ではない。本作は娯楽のある意味は心の栄養といったレベルのふわっとした答えではなく、もっともっとミステリとは? 本格ミステリとは? を突き詰めていく。

 そしてついに本格ミステリに対する解答に辿り着いた彼女らの前に事件は起きる。
 そう、ここまでは拷問と本格ミステリ論考だけで作品自体はミステリではなかった。それが事件が発生したことで作品自体がミステリと化す。そしてそれは先ほど出した本作ミステリの解答に対して実証編となる。

 本格ミステリに対する解答を出した本作が、それ自体が本格ミステリとしてそれを実証する。それが読者にはメタフィクション的に届く。


 おそらくこの結論だけを作品から取り出して「これが本格ミステリの存在意義です」と言うには、本格ミステリもその意義も広すぎる。ただ、この作品の中で至った解答として流れも踏まえて非常に美しい。

 これは本格ミステリを例にした一つの具体的な解答であり、いろいろな娯楽の存在意義について突き詰めて考えていくと、「心の栄養」だけでなくもっと具体的でアクチュアルな解答が見つかるのだろう。それは人それぞれに異なるものだろうし、そんなものを見つけなくても生きていけるはずだ。それでも、自分なりのそれを見つけたい。そう思った。